京成電鉄3150形 千葉急行電鉄3150形 北総開発鉄道3150形  製造(竣工年月)、経歴やモーター( 主電動機 )、コンプレッサー(空気圧縮機、CP )、補助電源装置 ( MG ) 制御装置 歯車比 等も調査できます。

京成3150形 北総7050形 千葉急行3150形

 

   

   このページ後方で、京成3150形リースにより晩年に使用したの北総7050形・千葉急行3150形の概要も解説します。
              北総7050形・千葉急行3150形京成在籍時代の経緯等は、前方にある‘ 京成3150形概要 ‘ をご覧下さい。

      




 製造初年から、全廃時までの経緯等を中心に解説します。



                                                       









京成3150形概要



京成3150形は1963年(昭和38年)2月に3151〜3170、1963年9月〜11月に3171〜3194と2度に分け、計44両製造。京成初の全M台車をもった4両編成となり、中間車も生まれた。
車号の振り方は第1編成目を3151〜3154、第2編成目を3155〜3158とした。

編成はMM2両ユニットだが、4両連結部は棒連結とし、奇数号車にMG・空気圧縮機、偶数号車にパンタグラフを搭載した。詳細形式名は先頭車・中間車共に‘モハ3150形‘。

外観は、ベンチレーターを3100形以前の車両で使用したモニター屋根に対し、角形個別タイプになったことが異なった。その他は3100形2次車と変化はなかった
(前照灯は上部左右に配置、運転室・乗務員室窓は大型のものを採用、運行表示幕を乗務員室窓部に配置、アンチクライマーは2枚歯小型タイプを採用。側面の窓配置は扉間に戸袋窓を含め3枚、車端部に戸袋窓を含め2枚、乗務員室直後に1枚といった配置)。

室内は、蛍光灯カバーを廃し、1両あたり各4台配した予備白熱灯のみ角形カバーで覆う等、天井のイメージが変化した。それ以外は3100形以前の車両と大差はなかった
(ベージュ色壁面デコラにエンジ色シート、ダークグリーンの床面の配色。側客用扉点検蓋と側窓カーテン収納部は鋼製とし壁面デコラ同色のベージュに塗装。吊革支持や中吊広告支持も鋼製塗装仕上とした。乗務員室扉・客用扉はに関してはアルミ製とし、壁面デコラ同色のベージュ色に塗装、窓は黒Hゴム支持押さえとした。側荷棚から天井面にかけホワイト塗装仕上げにし室内送風機としてファンデリアを設置等)


最終増備として1963年(昭和38年)11月に落成した3191〜3194は1500形'開運'の代替としてセミクロスシート特急車としてデビューしたが、1972年(昭和47年)にロングシート化(通勤車化)した。

メーカーは3151〜3154・3187〜3190が汽車会社、3167〜3174が帝国車輌、他は日本車輌。





基本編成は以下で◇は先頭車。


   ←成田空港

   ◇3151-3152-3153-3154◇   ◇3155-3156-3157-3158◇    ◇3159-3160-3161-3162◇  

   ◇3163-3164-3165-3166◇   ◇3167-3168-3169-3170◇    ◇3171-3172-3173-3174◇

   ◇3175-3176-3177-3178◇   ◇3179-3180-3181-3182◇    ◇3183-3184-31851-3186◇  

   ◇3187-3188-3189-3190◇   ◇3191-3192-3193-3194◇  




 デビュー当時の3150形3159

 日暮里   1963年10月

※ 画像は 鉄道ピクトリアル No.632 より。



 特急‘開運‘用として、セミクロスシート車で新製した3194

 京成成田   1969年1月



















更新・冷房化工事前の改造・特筆事項等



1969年(昭和44年)9月に3187〜3190で3300形2次車同様に前面・側面に種別・方向幕搭載、翌1970年(昭和45年)に3151〜3170でも搭載した。他は搭載せず外観上2種の3150形が存在し、方向幕搭載有・無車両の混結は基本的に行わなくなった。



セミクロスシート特急車としてデビューした3191〜3194は、1972年(昭和47年)5月にロングシート化(通勤車化)した。


1970年代前半に、全車で側客用扉の窓支持方式を黒Hゴムから、金属支持方式に変更したほか、奇数号車中間車ユニット境の広幅間通路に両開ステンレス製の貫通扉を設置した。


1980年(昭和55年)5月〜1981年(昭和56年)10月、全般検査・重要部検査時にファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を行なった。






 新製から14年、ツートンカラー時代の3171

 京成津田沼    1977年5月

3171は方向幕搭載工事の対象から外れ、撮影時は側客用扉支持を変更した以外は、塗装を含め原形を留めていた。








  方向幕を搭載した3158

  京成高砂   1983年4月29日

撮影時はファイアーオレンジベースに塗装変更済。
この頃、3150形は冷房化を伴った更新車が誕生した頃で、写真の3158も撮影翌年の1984年3月に更新を行った。





 方向幕非搭載のままファイアーオレンジベースに塗装変更した3194

 京成高砂   1984年5月14日

この頃、3150形の更新・冷房化が進行だった頃で、写真の3194も撮影翌年の1985年1月に更新を行った。



















更新・冷房化工事

1983年(昭和58年)3月出場の3167〜3170を皮切に、京成初の在来車の冷房化工事と共に更新を行った。

内容としては、前面は当時新鋭だった3600形をモチーフに改造し、前照灯を尾灯と横並びに腰部左右に配置、急行灯を上部左右に別途新設、40コマタイプ対応の方向幕を前面・側面に搭載し、前面幕は行先のみ表示、車号は運転室窓上に表記、種別板は貫通扉に窓を設置し内部から変更可な作りとした(電照化はせず、夜間や地下線内では見づらく不評だった)。側面扉開閉確認灯は2灯化し、カプセル形一体ケース化した。この形式の更新時より、前面・側面共、車号・社名ロゴ(社名ロゴは側面のみ)はステンレス製切抜文字とした。



その他、初代3000形3050形3100形同様にアンチクライマー3枚歯大型化と前面窓小型化した。又、側窓開閉範囲縮小に伴い側窓ラッチ方式を変更したため、側窓保護棒は撤去した。


冷房化に関しては、ベンチレーターを全て廃し、分散式冷房装置を1両あたり3台搭載した。

室内は壁面化粧板を従来のベージュ色タイプから、ステンレス車・冷房車の3500形3600形同色のイエロークリーム色デコラに変更したほか、シートはエンジ色、床面はダークグリーンと同色新品のものに交換。天井面はホワイトデコラ貼仕上とした。壁面のイエロークリーム色デコラは、3500形同様に両サイド側広告レール部までとし、これは後の3200形・3300形更新でも同様とした。その他、暖房装置を反射形としたことにより座席下掛面ヒーター部をステンレス製無塗装とした。側扉をステンレス製室内部生地のものに交換、吊革棒をステンレス化する等、室内は無塗装箇所が多くなった。尚、側窓カーテン収納部は鋼製のままで、壁面デコラ同色のイエロークリーム色に塗装した。冷房化に伴い、側客用扉横に厚さ5cm程の補強板を壁面に貼る形で設置し、壁面同色のデコラが貼られた。
冷房化に伴いファンデリアを全て廃し、冷風吹出口に加え、冷風撹拌として東芝製首振扇風機を設置した。先頭車乗務員室直後に関しては、ダクトを設け、円形窪部分に東芝製首振扇風機を設置する等、室内は3500形に近いレイアウトになった。

その他、冷房化で車体重度が高くなるのに伴い、足回り各種機器を改良した。

2両ユニット毎は狭幅貫通路とし、奇数号車にステンレス製無塗装窓支持金属押さえタイプの貫通扉を設置。又、6両編成も考慮し、密着連結機とし2両分割可能な作りにした。

冷房化に伴い、MGを大容量化した(従来の5.5kVAのものから、3500形同様75kVAのものに交換した)。

1984年(昭和59年)8月に出場した3185〜3186から、室内吊革棒支持柱と扇風機台座が従来の鋼製白塗装仕上からアルミ製無塗装仕上になった(3185〜3186のほか、3171〜3182、3191〜3194が対象)

室内乗務員扉は、従来のものを再用し、アルミ製塗装仕上のままで、壁面デコラ同色のイエロークリーム色に塗装した。尚、1984年(昭和59年)11月に更新を行った3178以降の先頭車は(3178のほか、3171・3174・3179・3182・3191・3194が対象)、室内アルミ製塗装仕上の乗務員室扉の窓支持をH黒ゴム押さえタイプから、太金属押さえタイプに変更し、他の車両も1986年(昭和61年)8月までに太金属押さえタイプに変更した。


更新は最初の4両以外は2両単位で行い、1984年6月出場の3153〜3154ユニットまでは方向幕搭載車(方向幕は前述のとおり1969年〜1970年に設置した)を対象に行った。1984年7月出場の3183〜3184ユニットを皮切に方向幕非搭載車も同内容で更新・冷房化を行い、1985年(昭和60年)6月出場の3173〜3174を最後に完了した。更新内容は後の3200形3300形更新の基本になった。

更新前は方向幕の有無で2種の顔が存在した3150形も、更新により1種の顔に統一した。





 更新直後の3170

 京成関屋   1983年5月28日

撮影時、3167〜3170は京成鋼製通勤車唯一の冷房車だった。
前照灯位置変更や電動方向幕搭載等、一見1980年代の新車と見違える感もあった。



 更新後の3187

 船橋競馬場   1993年3月13日

急行・特急等優等運用の種別は、室内側から未更新時より使用していた板で表記するタイプとした。前面は行先のみしか電照表示なく、不評だった。撮影時、3150形更新開始時から丸10年の歳月が経っていた。





 更新から日が浅かった頃の3175

 京成関屋   1986年3月29日






 更新・冷房化後の3173車内

  1993年12月29日

 3173は1985年6月に更新・冷房化を行った。
京成の車両で、ラッチ方式開閉の側窓も、3150形が全廃となった現在は皆無となった。

 更新・冷房化後の3178先頭車車内

  1993年6月27日

乗務員室扉は、壁面デコラと同色に塗装し再用した。



3150形更新を開始した1983年(昭和58年)当時、赤電形式は全車ファイアーオレンジベース色の新赤電塗装に変更済で、前面デザインはその塗装に似合うスタイルで設計した。当時、ファイアーオレンジベース地に設置した腰部の前照灯・尾灯や上部左右の急行灯、行先のみの40コマ対応青地の方向幕等、全てが新鮮に感じ、かつ内装も3500形をベースに変更したため、新車と見違える程だった。3300形2次車冷房化工事車が表れるまでは、ライト位置で遠目からも赤電の冷房車と判別できた。


1980年代、国鉄(1987年4月以降のJR)や小田急等では冷房車と非冷房車の混結を頻繁に行っていたが、京成の場合、電気系統が異なるため不可だった。従って、3150形の更新車と未更新車の混結は不可で、これは後に冷房化と共に更新を行った3200形や冷房化単独工事を行った3300形等でも同様。


3150形の冷房化工事開始前の1982年(昭和57年)夏時点で、京成通勤車両冷房車は3500形96両と3600形6両のみだった。率で表すと、全通勤形車両の2割半程度で、車両高性能化(平行カルダン化)は、関東大手私鉄で唯一100%であったものの、鉄道車両冷房化率は最下位だった。この形式を筆頭に、翌年以降も赤電各形式で冷房化工事を順次開始し、8年後の1991年(平成3年)3月末に3050形3067〜3070を最後に終了した。その時点で非冷房車で残った初代3000形14両全車と初代3050形2両の計16両は廃車となり、鉄道車両冷房化率100%を達成した。

京成の鉄道車両冷房化率100%化後、他社関東大手私鉄では東急・京王・東武の3社で鉄道車両の非冷房車が存在し、赤電形式の冷房化工事は鉄道車両早期完全冷房化に大きく貢献した。


















更新・冷房化後の動向、改造等


更新完了した1985年(昭和60年)から、1990年(平成2年)頃までは、同形式で4両編成・6両編成が半々位の度合で組まれ、稀に8両編成も組まれた。 

1989年(平成元年)4月末〜5月下旬に、3155〜3158は更新出場直後だった3200形3290番台(側客用片扉車)3297〜3298を上野方に連結し他形式混桔6両編成を組み運用に就いた。又、1989年(平成元年)6月〜7月に3187〜3188の成田方2両ユニットは、3200形3290番台(側客用片扉車)のVVVFインバータ制御試作車3291〜3294と他形式混桔6両編成を組み運用に就いた。

1990年(平成2年)3月〜6月に、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした。




1991年(平成3年)3月のダイヤ改正以降は、4+4の8両編成で使用する機会が多く、時期によっては4+4の8両編成5本、4両編成1本といった体制になったこともあったが稀に6両編成組むこともあった。。



1991年(平成3年)7月〜1992年(平成4年)11月にかけて、車両加減速性向上のため主幹制御等を改良したほか、主電動機を同種タイプ新品に交換した(東洋製・三菱製共に)。その際、東洋製主電動機を搭載していた3151〜3154・3161〜3162・3183〜3186の主電動機はTDK-810/4Dと同出力のTDK-8100-Aを搭載した(3151〜3154に関しては、1996年5月にTDK810/4FからTDK-8100-Aに換装)。




前述のとおり3150形は更新・冷房化後も前面は行先のみ40コマ対応電動方向幕と非電照の種別板表記の組み合わせで、3300形の更新が完了した1992年(平成4年)4月末以降は、赤電形式で唯一種別表示が非電照の車両となった。







1993年(平成5年)6月下旬以降、3167〜3170編成をはじめ、全般・重要部検査時に現行標準色のアクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯への塗装変更を順次行った。その際、帯は当時新鋭だった3700形や3400形に合わせ、サイズを太くしたフィルムタイプとしたため、ステンレス枠は側客用扉の一部を除き撤去した。
3167〜3170編成が、3200形8M車試験塗装車以外の赤電形式で、全般・重要部検査時に行った初の塗装変更車となった。




 千葉急行1000形と並んだ塗装変更直後の3170

 千葉中央   1993年7月11日

3167〜3170は1983年春に京成初の冷房搭載工事と共に更新を行った。
それから10年後、赤電形式で3200形8M車の試験塗装車以外では、初の現行標準色への塗装変更車となった。
1995年9月に北総にリースし、1998年9月に返却、その直後に廃車になった。




 塗装変更後の3170 編成写真

 東中山   1993年9月12日

塗装変更後の3150形で、普通運用時、前面種別が非表示だった時期は僅か2年と短かった。





塗装変更は3050形を除く赤電形式各形式で全般検査・重要部検査時に進行し、3155〜3158・3187〜3190は、1995年(平成7年)4月時点で、最後の新赤電塗装(ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯)の営業車となった。この8両は、成田方から3187〜3190+3155〜3158と唯一の新赤電色のみ8両編成で優等運用に就いた。

  ファイアーオレンジベースの新赤電塗装車で、最後まで残った3158
  (撮影時の編成は成田方から3187〜3190+3155〜3158)

  海神〜京成船橋    1995年4月16日



そして、1995年(平成7年)4月下旬に3187〜3190が全般検査・塗装変更入場してからは、成田方から塗装変更済の編成を用いて成田方から3175〜3178+3155〜3158の新旧塗装混結8両編成を組んだ。そして、1995年5月上旬に3155〜3158も全般検査・塗装変更入場し、ファイアーオレンジベース塗装の営業車は消滅。3187〜3190は1995年5月中旬に、3155〜3158は1995年6月上旬に現行標準塗装で出場し、1993年(平成5年)6月以来行ってきた赤電形式の塗装変更は、当時在籍した赤電210両で完了した。
余談だが、1995年4月1日に延長開業した千葉急行線(現千原線)大森台〜ちはら台間に赤電形式が、ファイアーオレンジベース塗装で営業運転に就いた実績は、2009年(平成21年)9月に3300形1次車3309〜3312編成で、京成電鉄100周年イベントのリバイバルカラーが誕生するまでなかった。




3150形のみならず赤電形式の塗装変更が完了した1995年(平成7年)7月1日より普通運用の際も、'普通'表示が前面・側面共必須となり、正面の種別幕窓にて大・小文字英字併記した普通の板を掲げるようになった。


 ‘普通‘の種別板を掲げ運用に就いた3186
     (撮影時の編成は成田方から3179〜3182+3185〜3186)

 菅野   1995年7月8日





1995年(平成7年)夏以降、一部の編成の方向幕が全コマ小文字併用英字入タイプのものに交換した。






後でも述べるが、1995年(平成7年)9月以降、北総・千葉急行にリースする車両が続出し、 1998年(平成10年)3月以降は廃車も始まり、2001年(平成13年)5月に京成在籍車の3150形は3159〜3162を最後に消滅した。そして、2003年(平成15年)12月下旬に、北総にリースしていた3179〜3182・3187〜3190(北総形式と車号は北総7050形7081〜7084・7085〜7088)の8両を最後に3150形は全廃になった。



3700形3400形の8両固定編成の数が揃い、1996年(平成8年)9月以降は、京成在籍車の3150形で8両組成の実績はなく4両編成、もしくは6両編成で使用した。


1998年(平成10年)11月下旬以降は京成在籍車で6両編成組成の実績はなく、4両編成普通運用で使用した。3150形6両編成以上の編成が組まれなくなったのに伴い、京成在籍車で先頭車中間埋込時に、乗務員室に立入スペースのある編成は消滅した。



2001年(平成13年)3月に、京成在籍中だった3159〜3162で従来の ‘ Keisei ‘ ロゴを残した上 ‘ K▼SEI GROUP ‘ ロゴを側面戸袋窓上に配した。これは、2001年3月時点で北総にリース中の車両でも行われた。


















他社リース・廃車


1995年(平成7年)9月に帯色・社名・車号変更のうえ3163〜3170の4両2本を北総にリースし北総7050形7051〜7058と北総独自の形式に改番した(3150形の北総リースについては後述で詳細)。

翌1996年(平成8年)4月に3157〜3158の半ユニットを車号は変えずに帯色・社名変更の上千葉急行にリースし、3100形3121〜3122と混結4両編成を組成した。残り半ユニットの3155〜3156は3159〜3162と6両を組成した(3150形の千葉急行リースについては後述で詳細)

その後は、前回と同内容で1997年(平成9年)5月末に3151〜3154を千葉急行に、1998年(平成10年)1月に3171〜3174・3183〜3186を北総にリース(北総7061〜7064・7065〜7068と車号変更)する等、京成から除籍する車両が続出した。

1998年(平成10年)2月時点で、3150形のリース枠は千葉急行に6両(千葉急行リース枠は8両だが、うち2両は3100形2次車3121〜3122がリースしていた)と、北総に16両の計22両となった。リース車の全般・重要部定期検査回帰が近づいた車両は京成に返却し廃車し、新たに検査回帰に余裕のある同形車両が選定される等、今までにはない珍しいケースでの置換を行っていた。

廃車は、1998年(平成10年)3月に3155〜3156と、千葉急行から返却した3157〜3158を皮切に始まった。それと同時に千葉急行へ3161〜3162をリースしたが、その時点で同社は京成に買収することがほぼ決定していた為、帯色変更・社名変更等は行わず京成色のままだった。残り半ユニットの3159〜3160は3191〜3194と6両を組成した。

そして、3151〜3154、及び3161〜3162は1998年10月1日の千葉急行が京成に買収された際に京成に復籍した。3151〜3154は千葉急行カラーのまま社名のみ消して運用に入ったが1999年(平成11年)2月に廃車になり、3161〜3162は3100形3121〜3122が廃車になった1998年12月時点で車号順3159〜3162の基本4両に戻して京成車として当分使用することになった。

前述の通り北総では1998年2月以降、3150形のリース車7050形が常時16両在籍する事により、全般・重要部検査切の近い車両を京成に返却し廃車に、その代替として全般・重要部検査切回帰に余裕のある3150形を改番・帯色変更等のうえリース、同形式でリース車の置換を数度行った結果、のべ32両が一定期間北総にリースした。

京成車としては、2001年(平成13年)5月に3159〜3162が北総にリースされたのを最後に形式消滅となった(3159〜3162は、2000年3月末から北総にリースするまでの約1年、最後の京成3150形4両編成1本として在籍した)。結果的に、3161〜3162は、3年間で、千葉急行→京成→北総と3社を渡り歩いた。


2003年(平成15年)1月に北総7050形7051〜7054・7091〜7094としてリースしていた3163〜3166・3159〜3162は比較的車齢の若い3700形3801〜3808を北総7800形7801〜7808と改番のうえ長期リースする事により京成に返却し廃車になり、3150形をリースした北総7050形は7081〜7084・7085〜7088の8両編成1本のみとなった

2003年(平成15年)12月23日に、北総7050形7081〜7084・7085〜7088としてリースしていた3179〜3182・3187〜3190は、‘7050形さよなら運転‘を北総線内で行い、翌日以降京成に返却し営業運転に戻らずに廃車となった。この8両は、赤電形式内で初めて車齢40年を迎えた。さらに、3187〜3190をリースしていた北総7085〜7088は、赤電形式内で初めて更新後20年以上使用した。この8両の代替として京成から3200形6M車3233〜3236・3221〜3224を北総7250形7251〜7254・7255〜7258としてリースした。その時点で3150形は全廃となった。

3150形は最初に廃車となった3155〜3156と、2000年2月に廃車となった3191〜3194以外は、全車北総、もしくは千葉急行にリースした経緯を経て廃車になった。


廃車発生品の再用として、3150形一部の車両で搭載していた空気圧縮機・MGは、1999年に3600形8両固定編成化で余剰となったTc車6両うち4両を電動車化改造のうえ編成替を行った3668編成VVVF車6両編成で再用している。
又、3150形で使用していた冷房装置のうち、数台を2001年(平成13年)以降、長野電鉄3500形(元営団地下鉄日比谷線用3000系)の冷房化工事車で再用している。





































リースにより誕生した北総7050形





リース車両の経緯


最初期リース車、及び概要

1995年(平成7年)9月末に、北総で2期線開業時以来使用してきた7150形(元京急1000形)7161〜7168の代替として、京成から3150形3163〜3166・3167〜3170を北総リースし、形式を北総7050形7151〜7154・7155〜7158と改めた。 京成車の北総リースは初で、以後現在に至るまで常時行っている。



7050形リース時改造の内容は以下。

・塗装はアクティブシルバーベースのまま帯色ヒューマンレッドの箇所をダークブルーに変更、社名・車号変更を行った。

・社名と車号はステッカー表示とし、車内車号はブルー地にグレー文字とし、車内車号表示に関しては、以後北総車リース車の象徴とした。

その他、外観スタイルや内装ほか、台車・制御装置・駆動装置・主電動機等各種機器類を含め、京成在籍時のまま変化はなく、車両維持や検査等は京成が担当する方針とした。




最初期にリースした編成は以下で、◇が先頭車。その際、7056を弱冷房車とした。

←印西牧の原

◇7051-7052-7053-7054◇-◇7055-7056-7057-7058◇


7051〜7058は8両で当時の北総車(7000形・7300形)および公団車(9000形・9100形)に混じり京成・都営浅草線・京急線に乗り入れる運用を主に使用した。尚、1996年(平成8年)12月〜1997年(平成9年)4月の間、走行距離調整の為、4両2本に分割し短区間運用に就いた(北総の4両運用は1992年7月8日〜2000年7月21日の間存在した)。




   京成3150形3163をリースした北総7050形7051

 印西牧の原   1995年10月19日

北総リース時は、帯色変更・車号・社名変更以外は何も手を加えていない。
撮影時はリース開始間もない頃。リース直後、前面種別板は北総仕様のものが使用したが、1998年以降は京成仕様のものをそのまま使用した。
種車となった京成3150形3163〜3166編成は、1995年9月末〜2003年1月末の7年4ヶ月、北総にリースし、期間は他の3150形と比較し最長だった。






続いて1998年(平成10年)2月上旬に、北総で4両短区間運用を主に使用していた7150形7151〜7154・7155〜7158の代替として京急3150形3171〜3174・3183〜3186を北総7050形7061〜7064・7065〜7068と改め前述の7051〜7058同様に帯色・車名・車号変更の上リースした。こちらはリース時より4両編成を主に使用する為、前面上部帯をフューチャーブルーとし分類した。尚、8両編成のうち4両が走行距離の調整や検査入場等で運用から外れた場合等、暫定的に編成替を行い7161〜7164編成・7165〜7168編成いずれかを8両編成内に組み、運用に就くこともあった。北総在籍となった7050形の車号の振り方は、種車となった京成3150形とは異なり、4+4の8両編成を主としたことから末尾9と0は欠番とした。これは、京急旧1000形をリースした7150形でも同様。しかし、7050形に関しては、末尾1〜4が都心方の先頭にくることもあった。



基本編成は以下で◇が先頭車。

←印西牧の原

◇7061-7062-7063-7064◇   ◇7065-7066-7067-7068◇


 先頭帯色が特徴だった7064

 八広〜四つ木    1998年9月23日

この頃から、前面種別表記は京成仕様のものを使用するようになった。
7061〜7068は基本的に4両仕様だったが、撮影時は印西牧の原方から7051〜7054+7061〜7064の8両編成を組んでいた






1998年(平成10年)2月上旬時点で7050形は8両編成1本4両編成2本の16両となり、7150形は全廃になった。前述のとおり基本的に7051〜7058は8両編成で、7061〜7068は4両編成2本で使用した。

以後、北総は16両を常時京成からのリース車で在籍することになった。









同形式リースにより代替 (1998年2月〜2001年5月の動向・車両代替等)


7050形は2001年(平成13年)5月までは全般・重要部検査期限の近い車両を返却し即廃車に、代替として他の3150形を新たに車号・社名・帯色変更のうえリースし北総車号の7050形と改番する方針をとり、2003年(平成15年)1月末まで常時16両在籍した。以後リースした車両は全て最初期にリースした7051〜7058と同様の帯色とした。尚、京成で余剰の3150形がいない時に7050形で全般・重要部検査時期がきた車両は4両単位で宗吾工場に入場した。




1998年(平成10年)9月に7055〜7058を京成に返却・即廃車としたのに伴い、京成3150形3175〜3178をリースし7050形7071〜7074と改番し、7051〜7054の都心方に連結し8両で使用した。以後のリース車の塗装(帯色)は全て7051〜7058と同様とした。編成は以下で◇が先頭車。その際、7172を弱冷房車とした。

←印西牧の原

◇7051-7052-7053-7054◇-◇7071-7072-7073-7074◇

京成3150形3178をリースした7074

印西牧の原   1999年3月7日



 7054と7071の連結

 印西牧の原  1999年3月7日







2000年(平成12年)4月に7061〜7064・7065〜7068を京成に返却・即廃車としたのに伴い、京成3150形3179〜3182・3187〜3190をリースし7050形7081〜7084・7085〜7088と改番し、当面は4両で使用した。編成は以下。

←印西牧の原

◇7081-7082-7083-7084◇   ◇7085-7086-7087-7088◇


 晩年の7081

 青砥    2003年8月18日

撮影時は7050形は7081〜7084+7085〜7088の8両編成1本のみとなった。




2000年(平成12年)7月22日の印旛日本医大駅開業後のダイヤ改正以降は北総車の4両編成は消滅し、8両編成2本に組み替え、基本的に7151〜7154+7171〜7174・7181〜7184+7185〜7188の編成で使用した。その際、7086を弱冷房車とした。


2001年(平成13年)3月に在籍中だった7051〜7054・7071〜7074・7081〜7084・7085〜7088で 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面戸袋窓上に配した。


2001年(平成13年)5月に7071〜7074を京成に返却・即廃車としたのに伴い、京成3150形3159〜3162をリースし7050形7091〜7094と改番。基本的に7051〜7054の都心方に連結し以下の8両で使用した(7091〜7094のリース直後は、7085〜7088が全般検査入場中で、7081〜7084+7091〜7094の暫定編成を組み、7051〜7054は短期休車となっていた)。下記◇は先頭車で、7092は弱冷房車とした。

←印旛日本医大

◇7051-7052-7053-7054◇-◇7091-7092-7093-7094◇

2001年(平成13年)5月時点で、京成在籍の3150形は形式消滅し、結果的に7075〜7078は欠番とした。






2001年5月以降、全廃時 (2003年12月) までの動向

前述のとおり種車となった京成3150形は消滅し、7050形も車齢40年近く経つことから、代替を京成在籍の他形式で検討した。

2002年5月末〜2008年8月末の間、7151〜7154+7191〜7194が検査期限延長の為休車となり、この間は短期で3400形3401〜3408が京成色・京成社名のままリースした。

2003年(平成15年)1月末、7151〜7154+7191〜7194は京成に返却し即廃車となり代替として若年車VVVF車の3700形3801〜3808を帯色・社名変更の上7800形7801〜7808としてリースした。よって7050形は北総・公団車唯一の抵抗制御車、7081〜7084+7085〜7088の8両1本のみの在籍となった。


残る7081〜7084+7085〜7088の8両1本も2003年(平成15年)12月23日に7050形さよなら運転・撮影会を行い、その直後に京成に返却し即廃車になった。代替に京成3200形6M車3233〜3236+3221〜3224を7250形7251〜7258と改番しリースした。その時点で京成3150形を種車とした車両は全廃となった。


 さよなら運転当日の7081

 印旛検車区   2003年12月23日



  さよなら運転の後、宗吾検車区に回送した7088

  市川真間    2003年12月24日







7050形 リース中の主な事項等

7050形営業運転開始時より、8両編成は、京急空港線から都営地下鉄浅草線を経て、印西牧の原へ至る4社直通運用を主に使用したほか、都営地下鉄浅草線西馬込口にも乗り入れた。又、羽田空港駅開業直後は、北総・公団車による京急蒲田〜羽田空港間区間運用も存在し、その運用には7050形8両編成を主に使用した。


北総・公団車は、1999年(平成11年)7月30日まで京急逗子線新逗子まで乗り入れる運用があり、7050形8両編成を使用した事もあったが、2000年(平成12年)4月以降にリースした7181〜7188・7191〜7194はその運用に就いた実績はない

2003年(平成15年)12月、7050形引退により、旧京成車で、先頭車中間埋込時に、乗務員室に立入スペースのある編成は消滅した。

































リースにより誕生した千葉急行3150形





リース車両の経緯




最初期リース車 概要等


1996年(平成8年)4月1日付で3050形3067〜3070の代替として3157〜3158を同年1月にリースした3100形3125〜3128同様に社名ロゴ変更・帯色変更のうえ千葉急行にリースした。

これはちはら台方ユニットは3100形2次車3121〜3122と異形式混結編成とし、以下の編成を組んだ(◇は先頭車)。

←ちはら台・成田空港

◇3121-3122-3157-3158◇

以上の4両は、先にリースした3100形3125〜3128同様、社名変更のほか塗装は京成現行標準色のアクティブシルバーベースのままヒューマンレッド・フューチャーブルー帯を反転するのみとした。 その他、内装や外観スタイルをはじめ、台車・制御装置・主電動機ほか各種機器類等を含め、京成在籍時のまま変化はなく、車両維持や検査等は京成が担当する方針とした。

3050形同様に、後にリースした車両を含め、京成車4両編成の運用に混じり使用した。

更新・冷房化後の3150形と3100形の混結は初でファンを喜ばせた。前述のとおり、3157〜3158は1989年(平成元年)4月〜5月に更新直後の3200形3290番台(片扉車)3297〜3298と混結した実績もあるため、冷房化後の赤電形式で唯一2形式の混結実績を得た車両となった。



 千葉急行在籍3150形3158(左)と京成在籍3150形3174(右)

 千葉中央    1996年5月24日

一見同色に見えた京成車と千葉急行車、帯色の反転が特徴だった。








代替用リース



1997年(平成9年)6月上旬に3151〜3154を編成単位で、3157〜3158同様に社名変更・帯色変更のうえリースした。千葉急行在籍車としては、初の3150形のみの編成となった。編成は京成在籍時代と変わらず以下(◇は先頭車)。

←ちはら台・成田空港

◇3151-3152-3153-3154◇



 3150形のみの編成としてリースしたの3154
 
 新三河島   1997年7月6日






3150形同形式で代替・京成色のままリース


1998年(平成10年)3月末に3157〜3158は重要部検査期限のため京成に返却し即廃車になり、代わりに3161〜3162をリースした。この時点で、千葉急行は会社解散が決定していた為、京成色・京成社名のままリースし既存の3121〜3122と以下の異色4両編成を組んだ(◇は先頭車)。

←ちはら台・成田空港

◇3121-3122-3161-3162◇


京成色のまま、千葉急行へリースした3161(左)と、3100形3122(右)

 京成上野   1998年4月28日

3161〜3162は、3157〜3158の代替として、1998年3月末に京成色のままリースした。
3157〜3158と同時に帯色変更のうえリースした3100形3121〜3122は3157〜3158が返却した後も残り、4両編成2両+2両で帯色が異なる編成が誕生した。この光景は、3121〜3122が廃車になった1998年12月まで見られた。





リース時の事項等

千葉急行初代リース車1000形以来、京成に運用を委託しており、北総にリースした車両とは異なり車内路線図や広告等も京成仕様のままだったは。この間、特に車両の小改造等はなかった。よって、京成車4両編成と同運用で使用し、金町線や本線京成津田沼〜東成田間に入線することもあったが、4両編成運用のない都営地下鉄浅草線には乗り入れなかった。


   金町線に入線した、千葉急行車の3158
 
 柴又   1996年6月15日





千葉急行解散→京成に復籍後



千葉急行は1998年(平成10年)10月1日付で解散し、駅・路線・車両等業務全てが京成が引継ぐ事になり、千葉急行区間の千葉中央〜ちはら台間を京成千原線として営業する事になった。それを機に、1998年9月26日〜27日の2日間、千葉急行に在籍していた千葉急行色3100形・京成色3150形混結編成のちはら台方から3121〜3122+3161〜3162の編成で、'さようなら千葉急行 ' の内容でヘッドマークを掲げ、指定した運用に就いた。

千葉急行解散後、同社に在籍してた8両は、全車京成に返却し、復籍車としてそのまま営業運転に就いた。

3150形6両うち、千葉急行色だった3151〜3154は社名ロゴを消した上千葉急行色のまま1999年(平成11年)2月上旬の廃車時まで使用した。復籍した時点で、1998年度中の廃車が決定していたため、当時京成車全車に設置していたkeiseiロゴの再設置はしなかった。1950年代以降の京成在籍の営業用通勤形車両で、自社ロゴなしで運用に就いたのは現在に至るまで3151〜3154と3100形3121〜3122の6両のみだった。

京成色・京成ロゴだった、3161〜3162は双方ユニット3100形3121〜3122が廃車になった1998年(平成10年)12月に、京成に在籍していた3159〜3160と共に全般検査を行い、出場した時点で京成3150形3159〜3162編成として復活し、2001年(平成13年)5月に北総にリースするまで在籍した。

3100形3121〜3122と3150形3161〜3162の混結以来、京成在籍車両で他形式混結は今日に至るまでない。












































車両データ




車歴表


製造〜1995年8月

車号 製造 メーカー 更新前の改造等 塗装変更1 更新・冷房化 塗装変更2
3151〜3152 1963年 2月 汽車会社 1970年、方向幕取付 1980年 5月 1984年 4月 1994年 2月
3153〜3154 1984年 6月
3155〜3156 1963年 2月 日本車輌 1970年、方向幕取付 1980年 3月 1984年 2月 1995年 6月
3157〜3158 1984年 3月
3159〜3160 1963年 2月 日本車輌 1970年、方向幕取付 1981年 3月 1983年 6月 1993年 9月
3161〜3162 1983年 7月
3163〜3164 1963年 2月 日本車輌 1970年、方向幕取付 1981年10月 1983年11月 1994年 6月
3165〜3166 1983年12月
3167〜3168 1963年 2月 帝国車輌 1970年、方向幕取付 1981年 2月 1983年 3月 1993年 6月
3169〜3170
3171〜3172 1963年 9月 帝国車輌   1980年 5月 1985年 5月 1993年12月
3173〜3174   1985年 6月
3175〜3176 1963年10月 帝国車輌   1981年 6月 1984年 9月 1995年 2月
3177〜3178   1984年11月
3179〜3180 1963年10月 日本車輌   1980年 3月 1985年 2月 1993年10月
3181〜3182   1985年 3月
3183〜3184 1963年 9月 日本車輌   1980年 9月 1984年 7月 1994年 8月
3185〜3186   1984年 8月
3187〜3188 1963年10月 汽車会社 1969年9月、方向幕取付 1981年 9月 1983年 9月 1995年 5月
3189〜3190 1983年10月
3191〜3192 1963年11月 日本車輌 1972年5月、通勤車化 1981年 8月 1984年12月 1993年11月
3193〜3194 1985年 1月

※ 塗装変更1 : ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯
※ 塗装変更2 : アクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯の現行標準色




1995年9月〜廃車

車号 北総リース期間・北総車号 千葉急行リース期間 廃車
3151〜3152 1997年6月上旬〜1998年9月末日 1999年 2月
3153〜3154
3155〜3156 1998年 3月
3157〜3158 1996年4月上旬〜1998年3月下旬
3159〜3160  2001年 5月中旬〜2003年 1月末日 ・ 北総7091〜7092  2003年 1月
3161〜3162 2001年 5月中旬〜2003年 1月末日 ・ 北総7093〜7094 1998年3月下旬〜1998年9月末日
3163〜3164  1995年 9月末日〜2003年 1月末日 ・ 北総7051〜7052  2003年 1月
3165〜3166 1995年 9月末日〜2003年 1月末日 ・ 北総7053〜7054
3167〜3168  1995年 9月末日〜1998年 9月末日 ・ 北総7055〜7056  1998年 9月
3169〜3170 1995年 9月末日〜1998年 9月末日 ・ 北総7057〜7058
3171〜3172  1998年 2月上旬〜2000年 3月末日 ・ 北総7061〜7062  2000年 3月
3173〜3174 1998年 2月上旬〜2000年 3月末日 ・ 北総7063〜7064
3175〜3176  1998年 5月中旬〜2001年 5月中旬 ・ 北総7071〜7072  2001年 5月
3177〜3178 1998年 5月中旬〜2001年 5月中旬 ・ 北総7073〜7074
3179〜3180  2000年 3月末日〜2003年12月下旬 ・ 北総7081〜7082  2003年12月
3181〜3182 2000年 3月末日〜2003年12月下旬 ・ 北総7083〜7084
3183〜3184  1998年 2月上旬〜2000年 3月末日 ・ 北総7065〜7066  2000年 3月
3185〜3186 1998年 2月上旬〜2000年 3月末日 ・ 北総7067〜7068
3187〜3188  2000年 3月末日〜2003年12月下旬 ・ 北総7085〜7086  2003年12月
3189〜3190 2000年 3月末日〜2003年12月下旬 ・ 北総7087〜7088
3191〜3192 2000年 2月
3193〜3194







 


主要機器 (以下は廃車時のものを示す。北総にリースした車両も京成車号で示す



主電動機 ・ 駆動装置 ・台車 

制御方式 主電動機 駆動装置 歯車比 台車 搭載車両 
抵抗制御 TDK-8100-A
(75kw 東洋製)
TDカルダン 78:13 KS-116C
(汽車会社製)
3151〜3154・3161〜3162・3183〜3186
抵抗制御 TDK-810/4F
(75kw 東洋製)
TDカルダン 78:13 KS-116C
(汽車会社製)
3155〜3160・3187〜3194
抵抗制御 MB-3028-E
(75kw 三菱製)
WNカルダン 97:16 FS-329C
(住友金属製)
3163〜3182


※TDK-8100-Aをもつ車両の主電動機、製造時は TDK-810/4Fだったが、1991年〜1992年に換装した。 





制御装置・制動装置 

制御装置 搭載車輌
SE-565-C
(東洋製)
3151〜3194の偶数号車


制動装置 搭載車輌
HSC-D 3151〜3194全車両









空気圧縮機 ・ 補助電源装置 (共に奇数号車に搭載)

空気圧縮機(CP) 補助電源装置 搭載車両 
C-1000
( 1110 l/min   別名 A-3-K )
CLG-355-B1
( 75kVA  MG )
3151〜3158・3163〜3166・3171〜3182・3187〜3194の奇数号車
AC-1000
( 1180 l/min   別名 A-3-KA )
CLG-355-B1
( 75kVA  MG )
3159〜3162・3167〜3170・3183〜3186の奇数号車


1 補助電源装置は更新・冷房化前は CLG-319を搭載。

※2 CPで AC-1000 をもつ車両は、1994年末に、3050形廃車発生品を再用することによりAC-1000に変更


※3 C-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-K と呼んだ。

※ AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼んだ。













































車両アルバム











    

トップナンバーの3151、ファイアーオレンジ塗装時代
               
青砥    1987年6月7日
               
3151は1984年4月に更新・冷房化を行い写真の姿になった。









































塗装変更後の3162   

京成高砂    1994年3月8日

3159〜3162編成は、1993年9月に写真の現行標準色に塗装変更した。その後、1998年4月〜10月に3161〜3162が千葉急行に短期リース、2000年春以降、京成車在籍最後の3150形になる等話題が多かった。2001年5月〜2003年1月に北総にリースし、返却後はすぐに廃車になった。
撮影時の編成は、成田方から 3191〜3194+3159〜3162の8両編成だった。




































ファイアーオレンジ塗装時代の3162ほか8両 (撮影時の編成は成田方から3191〜3194+3159〜3162)

東中山    1992年8月12日


撮影時の1992年、3150形は4両+4両の8両編成優等運用を主に使用していた。







































塗装変更後の3154

京成小岩     1997年2月





































ファイアーオレンジ塗装時代の3154

京成船橋〜大神宮下     1993年7月4日





































3400形3418と並ぶ現行標準色塗装変更後の3154

高砂検車区     1995年2月17日

撮影時は成田方から3179〜3182+3151〜3154の8両編成を組んでいた。
写真右の3400形、ならびに3700形の増備により、3150形4+4の8両編成は徐々に数を減らしていった時期だった。
3400形3418も、スカート未装着の過去の姿だった。











































ファイアーオレンジ塗装時代 本線4両普通運用に就いた3166

東中山     1994年3月27日








































ファイアーオレンジ塗装時代 本線4両普通運用に就いた3158

京成西船     1992年7月10日










































全般検査出場直後の3175(撮影時の編成は成田方から3175〜3178+3167〜3170)

船橋競馬場   1991年10月18日








































ファイアーオレンジ塗装時代の3163

京成津田沼     1990年5月4日

3163は1983年11月に更新・冷房化し写真の姿になった。その後は1994年6月に現行標準色に塗装変更。
1995年9月末に北総にリースし、2003年1月末まで使用した。







































京成3150形3163を北総にリースし、北総7050形7051として活躍

白井   1995年10月19日









































空港ターミナル直下乗り入れ・ダイヤ改正直後の3159

東中山〜京成西船    1991年3月21日

撮影時は、成田方から3159〜3162+3167〜3170の8両編成を組んでいた。



































 ファイアーオレンジ塗装時代、北総線に乗入れた3166号   

白井    1991年8月26日

3150形も8両編成で、北総線・京急線乗入の運用に入ることもあった。







































残雪の中、急行運用に就いたファイアーオレンジ塗装時代の3170

谷津     1992年2月2日

撮影時は、成田方から3175〜3178+3167〜3170の8両編成で運用に就いていた。



































塗装変更後も8両優等運用に使用した3175ほか8両 (撮影時の編成は成田方から3175〜3178+3167〜3170)      

京成津田沼          1995年7月29日





































8両で特急運用に就いたファイアーオレンジ塗装時代の3166ほか8両 (撮影時の編成は成田方から3179〜3182+3163〜3166)

市川真間    1993年1月31日

3166は1995年9月に北総にリースし、7050形7054と改番。2003年1月末に京成に返却し廃車になった。
よって、撮影時から丸10年後に廃車になった。









































初代AE形とすれ違う3187

町屋〜千住大橋    1987年4月4日







































4両特急運用に就いた未更新・非冷房車時代の3179 (3179〜3182編成)

千住大橋   1984年9月2日

撮影時、3150形の更新・冷房化進行中で、未施行だった車両は、3171〜3174・3179〜3182と、入工中の3175〜3178だった。
写真の3179は、翌1985年2月に更新・冷房化を行った。
1985年10月19日のダイヤ改正前日までは、4両編成の特急運用や、都営地下鉄浅草線乗入運用も一部存在していた。





































塗装変更後の3174

東中山     1994年4月6日

撮影時は、ファイアーオレンジ塗装だった3183〜3184を成田方に連結し、当時の3150形としては珍しく6両編成を組んでいた。
3150形は、3400形8両編成の数が揃った1995年頃までは3150形4+4の8両編成を組む車両が多かった。








































塗装変更後の3190

東中山     1996年4月25日

撮影時は成田方から3151〜3152+3187〜3190と6両編成を組み運用に就いていた。





































旧特急車 ‘開運‘。1984年末の更新から約7年経った頃でファイアーオレンジ塗装時代の3194

青砥       1991年12月13日






































塗装変更直後の3182

海神    1993年10月9日

3179〜3182編成は2000年春に北総へリース。同時期に北総にリースした3187〜3190編成と共に3150形の中では最後まで残った。 
撮影時から10年2ヶ月で廃車になった。




































朝ラッシュ時、4+4の8両編成で通勤特急運用に就いた塗装変更後の3179
(編成は成田方から3179〜3182+3151〜3154)

鬼越    1995年7月




































3600形3618と並んだ3194          

京成高砂      1997年5月16日

3150形は1996年以降は4両編成が主となり、6両編成運用も1998年11月以降は実績がない。







































ファイアーオレンジ塗装時代の3194             

みどり台      1991年8月24日








































更新前、旧赤電塗装時代の3191(右)、3500形3529ステンレスカーと並ぶ

 京成高砂   1979年11月16日







































ファイアーオレンジ塗装時代の3183             

東中山      1993年2月








































4両編成で普通運用に就いた3190

千住大橋    1997年5月8日

撮影時、3150形は3157〜3158は千葉急行にリース、3163〜3170は北総にリースしていた他は、京成で最古参形式として在籍していた。








































ファイアーオレンジ塗装時代の3190ほか6両            

谷津     1989年3月12日

撮影時、3150形は6両編成を組むことも多く、写真の3190も、成田・千葉中央方から3191〜3194+3189〜3190の6両編成を組んでいた。










































現行標準色塗装変更後の3175

谷津〜京成津田沼    1994年6月18日

撮影時の編成は成田方から、3175〜3178+3167〜3170。塗装変更後、3150形が8両編成優等運用で使用したのは、1996年秋までで、短かった。
















































更新から日が浅かった頃の3187

千住大橋    1984年4月7日











































ファイアーオレンジ塗装時代の3186            

みどり台     1994年7月4日







































更新から約4年経った頃の3190

京成小岩   1988年1月23日












































塗装変更後、8両編成で朝ラッシュ時の通勤特急運用に就いた3191           

海神    1995年7月







































新京成8000形と並ぶ、更新・冷房化後・ファイアーオレンジ塗装時代の3183ほか4両 普通 大森台行

京成津田沼       1992年12月15日

1990年代前半の3150形は4+4の8両編成5本、4両編成1本で運用に就いていた事が多く、千葉線・金町線運用に就く車両は1本に限定されがちだった。