京成3200形6M車 ( 3221〜3280 ) |
北総7250形 |
| このページ後方で、京成3200形6M車リースにより、晩年に使用した北総7250形の概要も解説します。 北総7250形京成在籍時代の経緯等は、前方にある'京成3200形8M車概要'をご覧下さい。 |
| 製造初年から、全廃時までの経緯等を中心に解説します。 |
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| 当ページは3200形6M車3221〜3280を対象に解説します。 |
| 3200形8M車3201〜3220の解説はこちらをクリックして下さい。 |
| 3200形90番台3291〜3298の解説はこちらをクリックして下さい。 |
京成3200形6M車概要 |
3200形のうち、1964年(昭和39年)10月に、1次車として8M車の3201〜3220と同時に落成した3221〜3224編成は両端先頭車の片端台車(先頭側)のみをT台車とする事により、主電動機の出力を75kwから100kwに増強.。2両ユニット単位で6台の主電動機を持つことから、‘6M車‘と呼ばれた。4両編成では実質3M1T相応となったが、全M車扱いとし、従来通りのMMユニットとした。性能や編成出力は2両単位で3200形8M車以前の75kw主電動機×8台=3200形6M車以降の100kw主電動機×6台であることから変化はない。詳細形式名も先頭車を含めモハ3200形という扱いで、側面車号表記もモハ3221、モハ3222、とした。
3221〜3224編成の台車配置と主電動機出力増強は試験的なもので、同タイプの車両は1965年(昭和40年)10月に3225〜3240、1966年(昭和41年)9月〜10月に3241〜3264、1967年(昭和42年)11月に3265〜3280といった順で落成し、試験編成を含め計60両が揃った。編成も8M車延長上で、3221〜3224、3225〜3228・・・といった順で4両基本編成となり、先頭車にMG・空気圧縮機、中間車片面にパンタグラフを搭載した。
この‘6M車‘の台車配置は、後に製造した3200形3290番台や3300形、さらに1982年(昭和57年)まで製造したステンレス車の3500形でも引き継がれ、以後京成の抵抗制御車の基本となった。
外観形状等は、3200形増備車ということから8M車と差異はなかった(前面は3面角丸妻とし、上部左右に前照灯を設置、急行灯・尾灯は下部左右に角形、赤・黄切換式のものを設置した。運転台・乗務員室窓は小形タイプとした。アンチクライマーを大形3枚歯とした。側客用扉はアルミ製窓支持黒Hゴム支持タイプの両開とした。側面窓は縮小タイプとし、配置は扉間に3枚、先頭部運転台直後に1枚、車端部中間側に2枚配置)。1967年(昭和42年)11月に落成した3265〜3268編成以降は、後の6両組成を考慮しユニット境貫通路を正面貫通路同サイズの狭幅とし、奇数号車にアルミ製の貫通扉(窓支持は黒Hゴム)を設置した。新製時は棒連結の為2両分割は不可だったが、1974年(昭和49年)に分割可能な密着連結機に交換した。
室内は、前述の通りユニット境狭幅感通路となった3265〜3280で、奇数号車にアルミ製ベージュ色塗装仕上(窓支持は黒Hゴム)の貫通扉を奇数号車に配したこと、並びに3265〜3280は荷棚をサラン網から合成樹皮タイプパイプ状とした以外は8M車と変化なかった(ベージュ色壁面デコラにエンジ色シート、ダークグリーンの床面色、両端荷棚から天井部はホワイト塗装仕上とし、吊り革棒や側客用扉点検蓋、中吊広告支持は塗装仕上とした。側客用扉と乗務員室扉は黒Hゴム窓支持のアルミ製で、壁面と同じベージュ色塗装仕上とした。室内送風機としてファンデリアを設置等)。
機器面では、3221〜3264は新製時、ロータリー式コンプレッサー AR-1 を搭載していたが、1980年代前半に他車同様のV型気筒ベルト式コンプレッサー
C-1000 に変更した。
メーカーは3225〜3232・3249〜3260・3269〜3276が日本車輌、3233〜3248・3265〜3268が帝国車両、3221〜3224・3261〜3264・3277〜3280が汽車会社。
更新前の基本編成は以下で、◇は先頭車。
← 成田空港・京成千葉
◇3221-3222-3223-3224◇ ◇3225-3226-3227-3228◇ ◇3229-3230-3231-3232◇
◇3233-3234-3235-3236◇ ◇3237-3238-3239-3240◇ ◇3241-3242-3243-3244◇
◇3245-3246-3247-3248◇ ◇3249-3250-3251-3252◇ ◇3253-3254-3255-3256◇
◇3257-3258-3259-3260◇ ◇3261-3262-3263-3264◇ ◇3265-3266-3267-3268◇
◇3269-3270-3271-3272◇ ◇3273-3274-3275-3276◇ ◇3277-3278-3279-3280◇
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新製から間もない頃の3276 高砂検車区 1967年12月16日 ※ 画像は、鉄道ピクトリアル No632 より |
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新製から7〜8年経った頃の3276 京成関屋 1975年5月17日 |
更新・冷房化工事前の経緯
1974年(昭和49年)に3265〜3280の中間ユニット境は、棒連結から密着連結に変更し、2両分割可能としたことから6両編成組成を可能にした。
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赤電ツートンカラー時代の3244ほか4両特急(3241〜3244編成) 京成上野 1977年7月 撮影時、同車は車齢11年の若さだった。 3244は1988年7月の更新・冷房化で完全中間電動車した。2006年3月に廃車になった。 |
1980年(昭和55年)2月以降、3277〜3280編成をはじめ全般検査・重要部検査時にファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を順次行ない、1981年(昭和56年)10月に出場した3253〜3256編成を最後にに完了した。
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ファイアーオレンジへの塗装変更直後の3240ほか4両、普通 金町行
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1980年代初めまでは、4両基本編成、もしくは6両編成で使用した。6両組成の場合、1981年(昭和56年)までは未更新車の3100形2次車2両固定を上野方先頭車に連結した混結編成を組むことが多かったが、3100形2次車が更新終了した1982年以降は、3200形6M車のみで4・6・8両編成を組み換え使用した。1982年(昭和57年)以降は、6M車にて6両編成4本平均、短期で8両1本を組むほかは8M車や同スタイルの3300形1次車で4両編成を組むことが多かったため編成数も多く、微細な差がありながらも京成の主力のように思えた。
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ファイアーオレンジへの塗装変更完了から更新開始時の間、3200形は4両編成主力だった。写真は3228 荒川(現八広)〜四つ木 1983年7月25日 非冷房車のため、夏期期間は窓を開けて走行していた。3228は1986年11月に更新を行い中間電動車化し、3225〜3228+3263〜3264といった6両固定編成化した。3200形中間電動車ユニットでは最後まで残り、2007年3月末に3225〜3228・3237〜3240と8両まとめて廃車となった。 |
1984年(昭和59年)〜1986年(昭和61年)に側面扉開閉確認灯を2灯化、カプセル形一体ケース化した。それとほぼ近時期にアルミ製塗装仕上の室内乗務員扉・貫通扉窓支持を黒Hゴムから太金属支持押さえに変更した。
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更新前、ファイアーオレンジ塗装時代の3276
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更新前、ファイアー塗装時代の3260
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更新前、ファイアー塗装時代の3269
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更新前、ファイアー塗装時代の3269
更 |
更新・冷房化工事
1986年(昭和61年)7月〜1989年(平成元年)3月に更新・冷房化工事を施行した。外観・室内デザインは先に更新を行った3200形8M車3201〜3220に準じ、以下の内容で施工した。
・外観は前照灯・尾灯を腰部に設置、上部左右に急行灯を別途設置、上部中央に行先のみ表示の40コマタイプ方向幕を設置。前面貫通扉を手動式タイプ種別幕付ステンレス製のものに変更。側面に種別・方向幕の設置。室内はユニット間の妻窓廃止。側窓を3500形同様にユニットサッシュ化。
・先頭車の室内乗務員室扉をアルミ製塗装仕上左右開閉タイプから、ステンレス製引戸タイプに交換。よって、先頭車中間埋込時に乗務員室と運転室両方を仕切れる構造に変更した。
・室内は天井・壁面・客用扉点検蓋等を無塗装化し、壁面デコラを従来のベージュ色から3500形同様のイエロークリーム色に変更、天井面はホワイトのデコラ貼仕上とした。暖房装置を反射形とすることから座席下掛面をステンレス化無塗装仕上に変更。
・2両ユニット毎に狭幅貫通路とし、上野方奇数車にステンレス製貫通引扉を設置し、3265以降においても扉をアルミ製塗装仕上のタイプからステンレス製無塗装に変更。
・冷房化に関してはベンチレーターを全て廃し、分散式冷房装置を1両あたり3台搭載。補助電源装置の大容量化。室内はファンデリアを全て廃し、冷風吹出口に加え、冷風撹拌として東芝製首振扇風機を設置。先頭車乗務員室直後に関しては、冷風ダクトを設けたが、同箇所の扇風機は非設置とした。
・室内蛍光灯のうち1両あたり4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯を廃止した。
・空気圧縮機電動機の交流化を行った。
・冷房化に伴い、制御装置や駆動装置を改良したほか、主電動機を三菱・東洋共同一新品に交換した。
更新時における3200形8M車と差異は、側客用扉をステンレス製室内側無塗装のものに交換した点が異なる以外、外観スタイルや室内等はほぼ同一だった。又、3265〜3280については、荷棚も合成樹皮パイプタイプであった為、そのまま再用した(サラン網タイプだった3221〜3264については更新時に針金属タイプに変更した)。
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更新後の3276
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更新・冷房化後の3262車内
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1987年(昭和62年)2月に更新を行った3268と、1987年3月に更新を行った3265で電子フォーン音警笛を試験採用した。これは、新車では1987年6月に新製した3600形3638編成で初採用したほか、3300形以降の更新車、及び1987年以降の新車で本格的採用した。
1987年8月に更新を行った先頭車3272から、乗務員室を拡大し、その直後の窓を縮小した(3272のほか3224・3233・3241・3248・3256・3257・3269・3273・3276・3277・3280が対象)。
1988年(昭和63年)4月に更新を行った3279〜3280以降の車両は室内の吊り革を扉前・枕木方向に増設した(3279〜3280のほか3241〜3248・3253〜3260・3273〜3278が対象)。
このグループでは6両固定編成を主とする事から、3221〜3260までの半数の車両で先頭車の完全中間車化した(3221・3228・3229・3236・3237・3244・3245・3252・3253・3260が対象)。中間化した車両はMGを撤去し、先頭車として残った車両に大容量SIVを搭載。先頭車とMMユニットを組む中間車にパンタグラフを2台集中搭載する等(中間化した車両とMMユニットを組む中間車のパンタグラフは撤去)、基本的に4両ユニット化した。そのため、4両ユニットの2両MMユニット境は棒連結機とした。前述のとおり2両MMユニット境は狭幅貫通路となり上野方の奇数車にステンレス製窓支持金属押さえタイプの貫通扉を設置した。
又、空転・オーバーラン防止強化等の対策として、T台車をもつ先頭車は、ブレーキ作用装置配管が変更となり、制動緩解時音が変化した(更新時に中間電動車化した車両は、変更はしていない)。
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更新・冷房化時に中間車改造した3221(右)と、元来中間車3270(左)
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先頭車を中間化した3237車内
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パンタグラフ2台搭載した3239
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3261〜3280については、3150形や3200形8M車に準じ、基本4両編成に匹敵する内容で行ない、先頭車の中間車化等は行っていない。そのうち、ユニット境が広幅貫通路・棒連結だった3261〜3264については、2両ユニット毎は狭幅貫通路とし、奇数号車にステンレス製無塗装窓支持金属押さえタイプの貫通扉を設置。密着連結機とし2両分割可能な作りにした。3265以降は、更新前より、ユニット境密着連結の狭幅貫通路で、奇数号車の扉をステンレス製生地窓支持金属押さえタイプに変更した程度。これらは、先頭車に75kvAのCLG-355-B1のMG、および交流電動機をもつAC-1000空気圧縮機を搭載、パンタグラフの位置は変更なく制御装置のある中間車に搭載した。これを2両に分割し、上野方2両ユニットを成田方4両ユニットに、成田方2両ユニットを上野方4両ユニットに連結する形で6両固定編成化した。
全車、更新・冷房化工事出場は2両単位で出場した。最初期に出場した3263〜3264は相方の3261〜3262が出場するまでの間、3200形8M車3205〜3206の2両ユニットと混結し暫定4両編成を組んだ。又、3221〜3260までの4両ユニット化・中間化した車両においては、2台パンタグラフ・SIVを搭載した先頭車を含む2両MMユニットは連結部を密着タイプに変更した場合は、2両を他の編成に組み走行可能だった。更新進行時は、2台パンタグラフ・SIVを搭載した先頭車を含む2両MMユニットが先に出場し、中間化した双方のユニットが出場するまでの間、暫定的に密着連結を使用し、同グループ更新済車と6両編成や8両編成を組み使用した。
更新後の編成は以下の6両固定編成で定着化したが、組み合わせにより4両・8両組成も可能で、全般・重要検査時前後等は、1999年(平成11年)秋までは4両単位で入工するのが基本だった為、暫定的に8両固定編成や4両編成等を組むことは頻繁にあった。
更新終了後〜廃車開始時の基本6両固定編成(◇は先頭車)
←成田空港・ちはら台
◇3261-3262-3237-3238-3239-3240◇
◇3225-3226-3227-3228-3263-3264◇
◇3265-3266-3229-3230-3231-3232◇
◇3249-3250-3251-3252-3267-3268◇
◇3269-3270-3221-3222-3223-3224◇
◇3233-3234-3235-3236-3271-3272◇
◇3273-3274-3253-3254-3255-3256◇
◇3257-3258-3259-3260-3275-3276◇
◇3277-3278-3245-3246-3247-3248◇
◇3241-3242-3243-3244-3279-3280◇
※ 2003年11月以降は廃車による編成替が生じ、6両固定編成内の組み替えや生じたほか、車号順不同の4両編成が組まれた実績もあった(後述)。
余談だが、3261〜3264が更新・冷房化後初の重要部検査入場した1988年(昭和63年)6月〜7月の間、3225〜3228+3237〜3240といった暫定8両編成を組んだが、これが京成車における初の8両固定編成組成だった。
更新・冷房化工事後の経緯
1988年(昭和63年)〜1989年(平成元年)に更新済だった3221〜3240・3249〜3252・3261〜3272で室内の吊り革を扉前・枕木方向に増設した。
1989年(平成元年)6月末〜8月上旬に、3300形1次車最初期更新出場ユニット3301〜3302を3277〜3278+3245〜3248の6両固定編成成田方に混結し、以下の8両編成を組んだ(◇は先頭車)。更新・冷房化後、3300形1次車と3200形6M車の混結は最初で最後だった。
←成田空港
◇3301-3302-◇3277-3278-3245-3246-3247-3248◇
1990年(平成2年)3月〜6月に、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等、1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした。
1991年(平成3年)3月以降、京成車の京急・北総乗入を開始したが、先頭車がT台車だった3200形6M車と更新開始前の3500形、および3600形は対象外だった。そこで、1992年(平成4年)8月に3273・3276を皮切に先頭台車がM台車になる様に台車の前後振替工事が順次行われ、1995年(平成7年)2月、3241・3248をもって完了した。先頭側に台車点検蓋を新設、旧電動台車だった中間側の台車点検蓋は残されたが、初期(1992年8月〜1992年10月)に工事を行った3256・3257・3273・3276以外は取っ手を廃した。同工事は全車、全般検査・重要部検査時と同時に行った。
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3261の旧電動台車だった箇所の中間側の台車点検蓋
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1993年6月下旬以降、約半数の車両で前面・側面方向幕、及び側面種別幕を全コマ小文字併用英字入タイプに交換した。
1993年(平成5年)8月以降、3265〜3268をはじめ全般検査・重要部検査時に現行標準色となったクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯への塗装変更が順次行ない、1995年(平成7年)2月、3241〜3244・3245〜3248を最後に完了した。その際、帯は当時新鋭だった3700形や3400形に合わせ、サイズを太くしたフィルムタイプとしたため、ステンレス枠は側客用扉の一部を除き撤去した。
塗装変更は、3221〜3228・3233〜3240・3253〜3264・3269〜3276以外の車両は、前述の先頭車台車振替工事と同時に施行した。
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3200形6M車初の塗装変更となった3268
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編成組成においての特筆事項として、1993年(平成5年)12月中旬に3277〜3280を塗装変更・重要部検査の為入工し、編成を組んでた3241〜3244+3245〜3248は暫定8両固定組成に組み替えた。出場後は3277〜3280は4両編成で運用に就いたが、3241〜3244・3245〜3248は重要部検査・塗装変更を1995年(平成7年)2月に施工し、それまでの約1年間、ファイアーオレンジベース色3241〜3244+3245〜3248の8両固定編成と、現行標準色3277〜3280の4両編成で運用した。1995年2月中旬に更新後の基本6両固定編成2本に戻し、運用に就いた。
塗装変更後、3277〜3280と3241〜3244・3245〜3248は検査時期が異なり、1996年(平成8年)春〜1999年(平成11年)9月の間、検査時期以外にも前述同様の4両編成と8両固定編成が組まれた実績がある。後述の通り、1999年(平成11年)10月から6両固定編成単位で検査入工する様になった以降は、これら12両は更新後基本6両固定編成で編成を変えずに使用した。その結果、3277〜3278+3245〜3248は2002年(平成14年)8月に、3241〜3244+3279〜3280は2002年(平成14年)9月に全般検査を行なった。
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約1年間、暫定8両固定で優等運用中心に使用した3248
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11994年に組まれた3241〜3244+3245〜3248の8両固定編成は特急運用でも使用した
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約1年間、暫定4両編成で普通運用中心に使用した3280
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1998年(平成10年)以降、前面種別幕を従来の太ゴシックタイプから、3400形3418編成以降や3700形2次車以降で採用した新タイプの小文字併用英字入の細ゴシック、ナール調タイプに変更する車両が続出した。幕の入替等で交換した車両で予備品等から旧タイプに戻された車両もいたが、2001年3月までに新タイプに統一した。
1999年(平成11年)秋以降、6両固定編成のこのグループは更新完了時の6両編成単位で、全般・重要部検査に入るのが基本となった。1999年12月に、成田方から3233〜3236+3271〜3272が、このグループとしては初めて6両単位で重要部検査を行った。
8両固定編成は、3265〜3268が重要部検査を行った1999年5月上旬〜中旬に、成田方から3249〜3252+3229〜3232で組まれ運用に就いたのが最後だった。その直後 1999年5月下旬〜6月中旬に3229〜3232の4両を休車とし、3265〜3268を4両で運用し3249〜3252を重要部検査。出場後、上記の基本6両固定編成に戻した。このグループの4両編成も、廃車進行時の2006年(平成18年)1月まで約7年間組成することはなかった。
翌2000年(平成12年)1月中旬〜2月上旬3229〜3232は重要部検査を行い、その際、編成を組んでいた3265〜3266は基本6両固定編成3257〜3260+3275〜3276の成田方に連結し暫定8両編成を組み運用に就き、出場後基本6両固定編成に戻した。それが、3200形6M車で組まれた最後の暫定8両編成組成で、2両+6両固定編成といった編成は、更新進行時の1988年(昭和63年)に組まれた以来約12年振だった。以後、廃車開始した2003年(平成15年)11月までの約4年間、編成替することなく基本6両固定編成で運用した。
2001年(平成13年)3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。
2002年(平成14年)10月12日の種別見直しを重視したダイヤ改正に備え、同年7月〜9月に前面・側面種別幕を各種別を快速=ピンク、特急=赤等と色分したタイプのものに変更した。側面は各種別色地に白文字、前面は白地に各種別色文字となったが、文字体は細ゴシック・ナール調のままとした。
安全強化の為、2004年(平成16年)4月〜6月に京成に在籍した車両で室内照明の蛍光灯を昼白色から白色・飛散防止タイプのものに変更した(廃車済だった3271〜3272・3273〜3274、及び北総にリースしていた3221〜3224・3233〜3236以外の全ての車両で行われた)。
マナー強化のため2006年(平成18年)1月〜2月に同年4月以降も在籍した20両(3225〜3228・3237〜3240・3261〜3266・3269〜3270・3273〜3276・3279〜3280)で優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。3200形までの車両の吊革は支持棒位置の関係上3300形以降の車両より長い為、独特な印象を与えた。
廃車・リース (廃車開始の2003年11月〜全廃時2007年11月の動向等)
2代目の3000形増備により、2003年(平成15年)11月に、3271〜3272・3273〜3274を皮切に廃車が始まった。廃車は4両単位で行う事が多く、編成替も続出した。
3233〜3236・3221〜3224は、2003年12月下旬に北総にリースし7250形7251〜7254・7255〜7258として使用したが、2006年3月末に京成に返却され、営業運転に戻らずに廃車になった(北総7250形の詳細は後述)。
3273〜3274の廃車と、3221〜3224北総リースに伴い、2003年12月に以下の6両固定編成を組成した(◇は先頭車)。
←成田空港・ちはら台
◇3269-3270-3253-3254-3255-3256◇
2004年(平成16年)11月下旬に3277〜3278+3245〜3248、同年12月上旬に3249〜3252+3267〜3268が編成単位で廃車になった。
3225〜3232・3237〜3240の40両は、2005年(平成17年)11月に京成在籍中の赤電形式としては初めて車齢40年を迎えた。引退時、関東大手私鉄在籍通勤形車両では東急7700系、東武8000系初期車に次ぎ長寿となった。
2006年(平成18年)1月中旬に3229〜3232・3257〜3260、2006年3月中旬に3241〜3244・3253〜3256を廃車となり、各々編成を組んでた2両MMユニットを用いて、以下の車号順不同の4両編成2本を組成し、2006年11月〜12月の廃車時まで使用した(◇は先頭車)。
←成田空港・ちはら台
◇3265-3266-3275-3276◇
(2006年1月中旬に組成、2006年12月下旬廃車)
◇3269-3270-3279-3280◇
(2006年3月下旬に組成、2006年11月下旬廃車)
このグループの4両編成は、1999年(平成11年)6月以来、約7年振だった。又、更新後、3200形6M車が車号順不同2両ユニットが連結し4両編成を組むのは、最初期更新出場ユニットの3263〜3264が3200形8M車の3205〜3206と組んだ以来20年振だが、3200形6M車同士で組むのは最初で最後だった。又、3269〜3270+3279〜3280の編成は3200形住友金属製台車車(WNルダン・三菱製モーター車搭載車)と汽車会社製台車車(TDカルダン・東洋製モーター車搭載車)の混結編成で、3200形6M車のみの4両編成としては更新・冷房化後初だった。
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2006年(平成18年)4月以降、3200形6M車6両固定編成は、成田方から3261〜3262+3237〜3240と3225〜3228+3263〜3224の編成2本のみとなった。、
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2007年(平成19年)3月下旬に3225〜3228と3237〜3240が廃車になり、3200形6両固定編成は消滅。編成を組んでいた3261〜3262・3263〜3264は車号順以下の4両編成となり、最後の3200形4両として使用した(◇は先頭車)。しかし、その後の活躍は短く、3000形増備により2007年(平成19年)11月中旬をもって廃車になり、赤電形式で最多数だった3200形は形式消滅した。
←成田空港・ちはら台
◇3261-3262-3263-3264◇ (2007年3月末に組成、2007年11月中旬廃車)
余談だが、更新・冷房化後、3261〜3264といった車号順の4両編成は、1988年(昭和63年)〜1988年(平成10年)までの10年間に、3225〜3228と3237〜3240が全般・重要部検査入場中の際、暫定4両編成が幾度か組まれた実績がある。2007年(平成19年)に組まれたのは1998年(平成10年)10月〜11月以来、8年4ヵ月振だった。
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廃車となり解体途中の最後の3200形3261〜3264の1両 3262
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最終結果から、6両固定編成単位で廃車となったのは、3249〜3252+3267〜3268の編成と3277〜3278+3245〜3248の編成2本のみだった。
リースにより誕生した北総7250形 |
概要
北総でリースにより使用してきた7050形(元京成3150形)7081〜7188の代替として、2003年(平成15年)12月24日付で京成から3200形6M車3233〜3236+3221〜3224を8両固定編成に組み替え北総リースし、形式を北総7250形7251〜7254+7255〜7258と改めた。2003年1月以降、16両の京成リース枠のうち8両は若年車の京成3700形を長期リースし7800形としたのに対し、もう8両のリースは、経年車のリースとした。
当形式も検査等車両維持は前代リース車7050形同様に京成が委託した。編成は以下で◇は先頭車。
←印旛日本医大
◇7251-7252-7253-7254-7255-7256-7257-7258◇
リース時の主な改造は3150形をリースした7050形に準じ以下
・京成時代のKeisei社名ロゴ・車号を撤去し、前面運転室窓上・側面戸袋部に車号ステッカーを、側面戸袋部に社名ロゴを貼付。
・ヒューマンレッド部の帯をダークブルーに変更。
7050形同様、外観形状・室内ほか、台車・制御装置・主電動機等各種機器類を含め、京成在籍時のまま変化はなく、車両維持や検査等は京成が担当する方針とした。
7250形デビューにより、北総・公団(2004年7月1日以降の千葉ニュータウン鉄道)在籍車は全て8両固定編成となった。
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3200形6M車リースにより誕生した7258 (元京成3224)
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事項
運用は、北総車・公団車(2004年7月1日以降の千葉ニュータウン鉄道車)に混じり京成・都営地下鉄浅草線、および京急線羽田空港へ乗り入れる運用を主に使用したが、唯一の抵抗制御車ということから、運用は限定されがちだった。
京成返却→廃車
京成在籍の3200形6M車の廃車が進行中だった2006年(平成18年)3月31日付で、京成から3300形1次車3305〜3308・3313〜3316を7260形7261〜7264・7265〜7268としてリースすることにより京成に返却し、営業運転に戻らずに廃車になった(7260形7261〜7268は2006年4月1日付で北総車両として在籍)。
車両データ |
車歴表
製造〜2003年10月
車号 |
製造 |
メーカー |
塗装変更1 |
更新・冷房化 |
先頭台車M化
|
塗装変更2 |
北総リース期間 ( )内は車号 |
廃車 |
3221〜3222 |
1964年10月 |
汽車会社 |
1980年10月 |
1988年 1月 |
- |
1994年 9月 |
|
2006年 3月 |
3223〜3224 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年12月 |
1992年12月 |
〃 |
|
〃 |
3225〜3226 |
1965年11月 |
日本車輌 |
1981年 2月 |
1986年 9月 |
1993年 4月 |
1994年11月 |
- |
2007年 3月 |
3227〜3228 |
〃 |
〃 |
〃 |
1986年11月 |
- |
〃 |
- |
〃 |
3229〜3230 |
1965年11月 |
日本車輌 |
1980年12月 |
1987年 7月 |
- |
1993年10月 |
- |
2006年 1月 |
3231〜3232 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年 6月 |
1993年10月 |
〃 |
- |
〃 |
3233〜3234 |
1965年11月 |
帝国車輌 |
1980年 8月 |
1987年10月 |
1992年12月 |
1994年 9月 |
2003年12月〜2006年3月 ( 7251〜7252 ) |
2006年 3月 |
3235〜3236 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年11月 |
- |
〃 |
2003年12月〜2006年3月 ( 7253〜7254 ) |
〃 |
3237〜3238 |
1965年11月 |
帝国車輌 |
1981年 1月 |
1987年 1月 |
- |
1994年11月 |
- |
2007年 3月 |
3239〜3240 |
〃 |
〃 |
〃 |
1986年12月 |
1993年 5月 |
〃 |
- |
〃 |
3241〜3242 |
1966年 9月 |
帝国車輌 |
1981年 6月 |
1988年 6月 |
1995年 2月 |
1995年 2月 |
- |
2006年 3月 |
3243〜3244 |
〃 |
〃 |
〃 |
1988年 7月 |
- |
〃 |
- |
〃 |
3245〜3246 |
1966年 9月 |
帝国車輌 |
1981年 7月 |
1988年 9月 |
- |
1995年 2月 |
- |
2004年11月 |
3247〜3248 |
〃 |
〃 |
〃 |
1988年 8月 |
1995年 2月 |
〃 |
- |
〃 |
3249〜3250 |
1966年10月 |
日本車輌 |
1981年 8月 |
1987年 4月 |
1993年10月 |
1993年10月 |
- |
2004年12月 |
3251〜3252 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年 6月 |
- |
〃 |
- |
〃 |
3253〜3254 |
1966年10月 |
日本車輌 |
1981年10月 |
1989年 3月 |
- |
1994年 5月 |
- |
2006年 3月 |
3255〜3256 |
〃 |
〃 |
〃 |
1989年 2月 |
1992年10月 |
〃 |
- |
〃 |
3257〜3258 |
1966年10月 |
日本車輌 |
1981年 9月 |
1988年12月 |
1992年 9月 |
1994年 5月 |
- |
2006年 1月 |
3259〜3260 |
〃 |
〃 |
〃 |
1989年 1月 |
- |
〃 |
- |
〃 |
3261〜3262 |
1966年10月 |
汽車会社 |
1981年 8月 |
1986年 8月 |
1993年 4月 |
1994年10月 |
- |
2007年11月 |
3263〜3264 |
〃 |
〃 |
〃 |
1986年 7月 |
〃 |
〃 |
- |
〃 |
3265〜3266 |
1967年11月 |
帝国車輌 |
1981年 9月 |
1987年 3月 |
1993年 8月 |
1993年 8月 |
- |
2006年12月 |
3267〜3268 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年 2月 |
〃 |
〃 |
- |
2004年12月 |
3269〜3270 |
1967年11月 |
日本車輌 |
1981年 7月 |
1987年 9月 |
1992年11月 |
1994年 7月 |
- |
2006年11月 |
3271〜3272 |
〃 |
〃 |
〃 |
1987年 8月 |
〃 |
〃 |
- |
2003年11月 |
3273〜3274 |
1967年11月 |
日本車輌 |
1980年 4月 |
1988年11月 |
1992年 8月 |
1994年 4月 |
- |
2003年11月 |
3275〜3276 |
〃 |
〃 |
〃 |
1988年10月 |
〃 |
〃 |
- |
2006年12月 |
3277〜3278 |
1967年11月 |
汽車会社 |
1980年 2月 |
1988年 5月 |
1993年12月 |
1993年12月 |
- |
2004年11月 |
3279〜3280 |
〃 |
〃 |
〃 |
1988年 4月 |
〃 |
〃 |
- |
2006年11月 |
※ 塗装変更1 : ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯
※ 塗装変更2 : アクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯の現行標準色
主要機器
( 以下は更新・冷房化後のものを示す。晩年、北総にリースした車両も京成車号で示す )
制御方式・主電動機・駆動装置・台車
制御方式 |
主電動機 |
駆動装置 |
歯車比 |
台車 |
搭載車両 |
抵抗制御 |
TDK-816-A
|
TDカルダン |
78:13 |
KS-121A
|
3221〜3232・3253〜3264・3277〜3280 |
抵抗制御 |
MB-3097-C
|
WNカルダン |
97:16
|
FS-361A
|
3233〜3252・3265〜3276 |
制御装置・制動装置
制御装置 |
搭載車輌 |
SE-575-D
|
各編成、新製時の中間車 |
制動装置 |
搭載車輌 |
HSC-D |
全車両 |
補助電源装置
補助電源装置 |
搭載車両 |
BS483-B2
|
3224・3225・3232・3233・3240・3241・3248・3249・3256・3257 |
CLG-355-B
|
3261・3264・3265・3268・3269・3272・3273・3276・3277・3280 |
※1 新製時は先頭車に5.5kvAのMG、CLG-319-E を使用していたが、更新・冷房化時に以上のものに変更。
※2 更新・冷房化時に中間化をした車両は、5.5kvAのMG、CLG-319-Eは撤去した。
空気圧縮機
空気圧縮機 ( CP ) |
搭載車両 |
AC-1000
|
3221・3224・3225・3228・3229・3232・3233・3236・3240・
|
※1 CPは、更新・冷房化直前に搭載していた C-1000 (1180 l/min、別名 A-3-K ) の電動機を交流化。
※2 3221〜3264のうち上記に記した掲載車両は、ロータリー式AR-1 を使用していたが、更新・冷房化前の1980年代前半にV型気筒ベルト式の
C-1000に変更。
※3 AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼ぶ。
車両アルバム |

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3224
東中山 1990年4月27日
3224は6M車試験編成として1964年10月に汽車会社にて新製。落成時期は8M車3201〜3220とほぼ同期だった。
1987年12月に更新を行い写真の姿になった。

塗装変更後の3224
市川真間 1996年7月17日

先頭台車振替(先頭台車M化)直後の3224
お花茶屋 1993年1月2日

更新・冷房化から日が浅かった頃の3225
京成津田沼 1987年5月30日

晩期の3225
京成高砂 2006年10月5日
撮影時の2006年秋時点で、3200形6M車6両固定編成は、成田方から3225〜3228+3263〜3264と3261〜3262+3237〜3240の2編成が残っていた。

更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3232
東中山 1993年2月28日

更新前の3232 (3229〜3232編成)
青砥 1985年4月
撮影時、3200形は更新開始前で、4両編成で使用することが多かった。
普通運用は8割位が4両運用で、3200形の遭遇率が高かった。

塗装変更後の3232
京成大和田 1994年1月30日

新京成800形と並んだ、赤電塗装・更新前の3232ほか4両 (3229〜3232編成)
京成津田沼 1977年10月9日

塗装変更後の3233
船橋競馬場 1995年3月17日

更新前の3229ほか4両 (3229〜3232編成)
千住大橋 1985年10月19日
3229は、撮影2年後の1987年7月、更新・冷房化と共に中間電動車化し先頭に立つことはなくなった。
その後、撮影から丸8年後の1993年10月に塗装変更をし、2006年1月の廃車時まで使用した。

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ色時代の3233
船橋競馬場 1994年3月

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3232
東中山 1992年11月23日

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3240
谷津 1991年8月24日

晩年の3240
国府台〜市川真間 2006年10月11日

更新後 ファイアーオレンジ塗装時代の3256
船橋競馬場 1991年12月16日

塗装変更後の3241
京成津田沼 1995年7月29日

更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3241
船橋競馬場 1992年3月8日

更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3248の側面 普通 大森台行
東中山 1992年12月25日

更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3256
みどり台 1991年8月24日

塗装変更直後の3256
京成津田沼 1994年5月15日

更新・冷房化前の3248
東中山 1988年3月24日

更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3248
東中山 1989年4月1日

更新・冷房化前の3256
東中山 1988年7月9日

更新・冷房化t直後ファイアーオレンジ塗装時代の3256
東中山 1989年4月1日

3200形6M車同士の優等列車退避 (左) 3280 普通 うすい行、 (右) 3256 急行 東成田行
東中山 1996年9月26日
1996年当時、特急・急行は6両優等運用も多くあったほか、普通運用も大半が6両運用だった。
よって、6両編成主力だった3200形6M車同士が退避することも多かった。

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3249
東中山 1991年12月13日

更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3257
青砥 1994年3月29日

更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3256
東中山 1993年2月21日
撮影時は、先頭台車の振替工事(先頭側がM台車になる様)が施工済だった。

3265の先頭部車内
2006年6月24日

残雪の中、都営浅草線西馬込へ向かう3256
谷津 1992年2月2日

塗装変更から間もない頃の、3257ほか基本6両固定編成(左)と、3277ほか4両編成(右)
船橋競馬場 1994年6月4日
撮影時、3277〜3280は暫定4両編成を組んでいた。

晩年、3200形最後の4両として本線普通運用に就いた3261
菅野 2007年8月15日

全般検査入場中の3263
宗吾検車区 1996年8月9日
3263は1994年10月の重要部検査時に現行標準塗装に変更し、それから約2年後の1996年8月に全般検査を行い再塗装。
撮影時は車体の塗装作業を行っていた。

千住大橋駅を通過する3264ほか6両
1992年7月14日
3263〜3264は、3200形のトップを切り1986年7月に更新を行った。
撮影時の1992年当時は、成田空港の幕で‘成田‘ 小文字、‘空港‘ 大文字のタイプも多く存在した。

北総線に乗り入れた塗装変更・先頭台車M化後の3268
小室 1994年1月3日

更新・冷房化前の3268
東中山 1982年10月

ファイアーオレンジ塗装時代の3268
菅野 1992年12月30日

ファイアーオレンジ塗装時代の3264
谷津 1991年9月16日

晩年、市川真間駅にて3600形3671とすれ違った3261
2007年6月29日

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3272
東中山 1991年4月21日

更新・冷房化直後の3269(写真左)と、3265(写真右)
京成津田沼 1987年10月10日

更新・冷房化・先頭台車振替(先頭台車M化)後、ファイアーオレンジ塗装時代の3276
船橋競馬場 1992年12月27日

更新・冷房化・先頭台車振替(先頭台車M化)後、ファイアーオレンジ塗装時代の3273
大神宮下 1993年8月23日

塗装変更後の3276
海神 1994年4月17日
撮影時は3273〜3276の暫定4両編成を組んでいた。

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3276
東中山 1993年1月31日

更新・冷房化から日が浅かった頃の3280
鬼越 1988年12月24日

更新・冷房化後から約2年半、ファイアーオレンジ塗装時代の3273
京成津田沼 1991年4月9日

ファイアーオレンジ塗装時代の3277
市川真間 1993年10月23日

塗装変更後の3277
京成津田沼 1994年2月20日

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代のの3280
東中山 1992年10月11日

更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代のの3277
京成津田沼 1992年12月15日
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