| 京成3200形8M車 ( 3201〜3220 ) |
| 製造初年から、全廃時までの経緯等を中心に解説します。 |
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| 当ページは3200形8M車3201〜3220を対象に解説します。 |
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| 概要 |
京成初の側客用両扉車として、1964年(昭和39年)10月〜11月に4両編成5本計20両(3201〜3220)新製。編成は、3150形同様全台車をM台車とした車号順の4両編成だが、パンタグラフを中間車に各1台配置、空気圧縮機・MGを先頭車に配置した点が異なる。詳細形式名は先頭車・中間車共に‘モハ3200形‘
側客用扉はアルミ製黒Hゴム付で室内部は壁面同色に塗装とした。側窓は細長タイプとなり、扉間3枚・車端部2枚・先頭車運転台直後1枚の配置とし、戸袋窓は廃止した。この窓配置は、後の3300形、3500形に引き継がれた。18m3扉の側客用両扉車は、1964年時点の関東大手私鉄他社で、京王3000系、東急6000系・7000系、東武2000系等があったが、これらとは窓配置は異なり独特なサイドビューとなった。
外観スタイルは、赤電形式後期形として増備した事や、両開客用扉とした事から3150形以前の車両と相違点が多かった。前面は、3面角丸妻となったほか、運転室窓・乗務員室窓を小形化、アンチクライマーを3枚大形化した点が異なる。その他の前面スタイルは3150形に準じ、前面上部左右にシールドビームタイプの前照灯2灯を配し急行灯を下部左右に配し尾灯と兼用化(赤・黄切替式)、手動運行番号表示幕を乗務員室窓内に配した。側面は前述の通り、側客用扉両扉化に伴い、3150形以前の車両とは窓配置等大きく異なる。
車内における3150形との差異は以下。
・側客用扉両扉化に伴い戸袋窓を廃止したため、戸袋部に広告枠を設置、側客用扉はアルミ製で内部は壁面同色に塗装し窓支持は黒Hゴム支持とし、当時の東武2000系・8000系に近いイメージがあった。
・側客用扉点検蓋を大型化した。
その他は3150形に準じている(ベージュ色壁面デコラにエンジ色シート、ダークグリーンの床面色、両端荷棚から天井部はホワイト塗装仕上とし、吊り革棒や側客用扉点検蓋、中吊広告支持は塗装仕上とした。室内送風機としてファンデリアを設置。蛍光灯はカバーなしとし、停電時予備照明として角型ケースで覆った白熱予備灯設置等)。
メーカーは3201〜3208が帝国車両、3209〜3220が日本車輌。
初代3000形以来、3200形3220までの車両は全台車をM台車とし、各台車に2台主電動機を搭載。2両ユニット単位で8台主電動機を持つことから ‘8M車‘と呼ばれた。
編成は以下で、更新前は赤電他形式2両ユニット組んだ6両編成や、以下の20両内で8両編成を組む事も可能だった。
後述のとおり、更新後は基本4両編成で2両分割可能なつくりに変更し、以下の20両内で6両編成や8両編成を組める様になった。
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◇3201-3202-3203-3204◇ ◇3205-3206-3207-3208◇ ◇3209-3210-3211-3212◇
◇3213-3214-3215-3216◇ ◇3217-3218-3219-3220◇
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デビューから間もない頃の3208 京成津田沼 1965年3月14日 ※ 画像は、鉄道ピクトリアル No632 より |
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デビューから間もない頃の3208車内 1964年10月 4両を1室に見せるような広幅間通路が特徴だった。 ※ 画像は、鉄道ピクトリアル No632 より |
更新・冷房化前の改造等
1980年(昭和55年)6月〜1981年(昭和56年)5月、全般検査・重要部検査時にファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を行った。
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塗装変更直後の3201 京成高砂 1980年8月 撮影時の3201は、車齢16年の若さだった。1985年9月に更新・冷房化を行った。 |
更新・冷房化
1985年(昭和60年)7月〜1986年(昭和61年)6月に更新・冷房化工事を行った。内容は3150形に準じ以下の内容で行われた。
・外観は前照灯・尾灯を腰部に設置、上部左右に急行灯を設置、上部中央に行先のみ表示の40コマ方向幕を設置したほか側面に種別・方向幕の設置。前面貫通扉ステンレス化(窓支持H黒ゴムタイプ)。側面扉開閉確認灯をLED化・カプセル形ケース化した。
・室内は、天井・壁面・扉点検蓋等を無塗装化し、壁面デコラを従来のベージュ色から3500形同様にイエロークリーム色に変更、天井面はホワイトのデラ貼仕上とし無塗装化したほか、吊革棒のステンレス化等。
・荷棚をサラン網タイプから針金属タイプに変更した。
・暖房装置を反射形とすることから、座席下掛面をステンレス化無塗装とした。
・ユニット間妻窓の廃止。
・2両ユニット毎は狭幅貫通路とし、奇数号車にステンレス製無塗装窓支持金属押さえタイプの貫通扉を設置。6両編成も考慮し、密着連結機とし2両分割可能な作りにした。
・冷房化工事に関してはベンチレーターを全て廃し、分散式冷房装置を1両あたり3台搭載、補助電源装置 MGの大容量化、室内はファンデリアを全て廃し、冷風吹出口に加え、冷風撹拌として東芝製首振扇風機を設置。先頭車乗務員室直後に関しては、冷風ダクトを設けたが、同箇所の扇風機は非設置とした点が3150形と異なった。
この形式から、3600形同様に前面貫通扉に手動タイプの電照種別幕を搭載したほか、側窓はラッチ方式をやめ3500形同様にユニットサッシュ化した。
室内も、前述のとおり3150形同様に無塗装化・壁面デコラ色変更を主とした改造が施され内容も3150形と大差はないが、天井等の白デコラが光沢となった点や、側客用扉がHゴムなしのアルミ製で室内部は壁面同色に塗装となった点が異なる。
その他、室内乗務員室仕切扉をアルミ製塗装仕上の左右開閉式から、3500形同様にステンレス製引扉とし、先頭車中間埋込時に運転室・乗務員室も仕切れる方式にした。
機器面では、空気圧縮機の交流電動機化を行ない、従来のC-1000からAC-1000と変更した。空気圧縮機の交流電動機化は、後に更新した3300形、および1988年(昭和63年)以降に冷房化単独工事を行った3050形・3100形でも行なったほか、更新・冷房化後の3150形一部の車両でも行った。
3200形以降の更新から、室内蛍光灯のうち1両あたり4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯は廃止した。この方式は1986年(昭和61年)6月に増備した3600形3621〜3623・3626〜3628以降の新車でも採用した。
その他、冷房化で車体重度が高くなるのに伴い、足回り各種機器を改良した。
最初に更新した3213・3216の前面貫通扉は、更新当時、3600形同様タイプのものを採用し、種別窓・貫通扉窓が、若干上方に配置され印象が異なった。1985年(昭和60年)9月に更新した3201からは、大窓タイプで乗務員室窓・運転台室窓と近位置に配置したものを採用し、3213・3216も1987年(昭和62年)7月の重要部検査時、3201以降同様大窓タイプの貫通扉に変更した。
更新・冷房化工事は全て2両単位で出場し、最初期に更新・冷房化出場した3213〜3214ユニットは、相方の3215〜3216が出場するまでの1985年(昭和60年)7月末〜8月末の間、冷房化工事済だった3300形2次車3321〜3324編成と混結し、成田方から3213〜3214+3321〜3324といった6両編成を組んでいた。
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3200形のトップを切って、1985年7月〜8月に ( 2両単位で ) 更新・冷房化工事出場した3213〜3216編成 大神宮下 1992年4月26日 写真は更新から7年経った頃で、ライトブルーベース試験塗装から当時の標準色のファイアーオレンジに戻された頃。 前面貫通扉は、更新直後から1987年7月の間、他の3200形と異なるタイプのものを使用していた。 |
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3200形8M車更新後の室内は、側客用扉がアルミ製で壁面デコラ同色に塗装し独特な印象を与えた。 3215車内にて 1996年1月1日 |
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更新後から1991年11月までの動向・特筆事項
1986年(昭和61年)7月末〜8月末にかけて、成田方に先頭車をもった3205〜3206ユニットが3200形6M車更新・冷房化最初期出場2両ユニットとなった3263〜3264と混結し4両編成を組んだ。上野方に先頭車をもった相方の3207〜3208ユニットは3217〜3220の本4両と連結し6両編成を組んでいた。
その後は、短期で編成替えを頻繁に行い、4両基本編成、もしくは4+4の8両編成を組んでいたことが多く、稀に6両編成を組むこともあった。
1988年(昭和63年)〜1989年(平成元年)に吊革を扉前・枕木方向に増設した。
1990年(平成2年)3月〜6月に、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等、1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした。
1991年(平成3年)9月〜1993年(平成5年)1月にかけて、車両加減速性向上のため主幹制御を改良したほか、主電動機を同種タイプ新品に交換した。その際、東洋製主電動機を搭載していた3217〜3218の主電動機はTDK-810/4Fと同出力のTDK-8100-Aを搭載した(3217〜3220編成は後述
1991年12月の試験塗装変更を伴った重要部検査時に施工。1996年4月の重要部検査時に、3217〜3218の主電動機と3219〜3220の主電動機は2両ユニット単位で入れ替た)。
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東中山駅4番線ホームに停車中の3212ほか4両 1990年7月19日 写真の3212を上野方先頭車とする3209〜3212編成は、更新前の1980年7月にファイアーオレンジベースへの塗装変更。 1985年12月に3209〜3210、1986年1月上旬に3211〜3212の更新を行った。写真はそれから4年後の姿。 |
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改築前の京成千葉駅に停車する3201ほか4両 1990年5月3日 写真の3201を千葉中央・成田方先頭車とする3201〜3204編成は、更新前の1980年7月にファイアーオレンジベースへの塗装変更をし、1985年9月下旬に3201〜3202、1985年11月上旬に3203〜3204の更新を行った。 |
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京成関屋駅に停車する3220 1987年4月27日 |
試験塗装⇒現行標準色への塗装変更
1991年(平成3年)12月上旬、3217〜3220編成は、重要部検査時に試験塗装車第1陣として当時新鋭だった3700形をモチーフにライトグレーをベースに前面・側面窓下にレッド・ブルー帯、側面上部にブルー帯を配した塗装に変更し運用に入った。赤電形式の塗装変更はファイアーオレンジベース色に変更した以来約10年振、冷房化後初で注目を浴びた。尚、赤電特有の帯ステンレス枠は残したまま変更した。3217〜3220編成の試験塗装は、塗装を要する鋼製車でステンレス車に近づけたカラーリングを試みが好評で、後の現行標準色に貢献した。首都圏の鉄道会社他社の例として、1991年当時、グレーベースに路線・会社別のカラー帯を配した鋼製車・アルミ塗装車は、JR中央・総武緩行線で営団地下鉄(現東京メトロ)東西線乗入車の301系とJR103系1200番台が在籍し、私鉄車両では希少だった。1991年(平成3年)12月6日より営業運転に入った。
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試験塗装車として、塗装変更した3220 (3217〜3220編成) 柴又 1991年12月13日 同編成は、1964年新製以来、1980年6月にファイアーオレンジベースへの塗装変更。 1986年2月下旬に3217〜3218、1986年3月下旬に3219〜3220の更新・冷房化を行った。それから約6年、写真の様な塗装に変更し注目を浴びた。 |
続いて、第2陣として1991年(平成3年)12月下旬に試験塗装車第2陣として3209〜3212編成はホワイトベースに前面・側面窓下にレッド帯、側面上部にブルー帯を配した塗装に変更し、運用に入った。3209〜3212編成は、当時流行していたホワイトベース色にて、通勤車は鋼製車とステンレス車を区別するよう試みた。3209〜3212編成以降の試験塗装車からは、当時新鋭だった3700形と差別化をはかることを考慮し、窓下の帯はレッドのみとしブルー帯は省略した。よって、3209〜3212編成は都営5300系に近いカラーリングとなり、乗入先の車両と近似な塗装という意識を高めた。当時、純白なホワイトベースは車体汚れが目立つことが難で後に不採用となった。純白なホワイトの塗装を京成車で採用したのは、3200形が全廃となった2009年(平成21年)5月に入線した2代目のAE形が初だった。
前述の3209〜3212編成と数日遅れた形で、第3陣として1991年(平成3年)12月下旬に、3213〜3216編成をライトブルーをベースに前面・側面窓下にレッド帯、側面上部にブルー帯を配した塗装に変更し運用に入った。
さらに1992年(平成4年)1月中旬に、試験塗装車第4陣として3205〜3208編成をイエローグリーンをベースに前面・側面窓下にレッド帯、側面上部にブルー帯を配した塗装に変更し運用に入
った。
以上、計4色の試験塗装車が誕生し、比較検討した。
3205〜3208編成・3213〜3216編成は、1991年〜1992年当時で先永く在籍する通勤形鋼製車は、他社ではあまり例をみない独自なカラーリングを産み出したいという発想で試みたベースカラーだった。
帯配置は、ホワイトベースの3209〜3212編成同一で、第1陣の3217〜3220編同様に赤電形式特有の帯ステンレス枠を残したまま変更したほか、3217〜3220編成以外は全般検査・重要部検査とは別途で変更を行った。
3200形8M車のうち3201〜3204編成のみ試験塗装車の対象から外れ(従来のファイアーオレンジベースのままだった)、同グループは5編成全てでベースカラーが異なってた。
試験塗装配色期間も、3200形8M車は、4両単独編成のほか4+4の8両編成を組むことが多く、8両編成でホワイト+ライトブルー等異色混結編成も組まれ、一般乗客からも注目を浴びた。
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ホワイトベース色に変更した3212 (3209〜3212編成) 東中山 1992年10月25日 撮影時は成田方にライトグレーべス試験塗装車3217〜3220編成と4+4の8両編成を組んでいた。 |
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ライトブルーベース色に変更した3216 (3213〜3216編成) 市川真間 1992年3月12日 同編成は、更新前の1981年5月にファイアーオレンジベースへの塗装変更をし、3200形のトップを切り1985年7月に3213〜3214、1985年8月に3215〜3216の更新・冷房化を行ない注目を浴びた。それから6年後の1991年12月末に、試験塗装編成となり、再度注目を浴びた。 撮影時は成田方にファイアーオレンジ塗装3201〜3204編成を組み4+4の8両編成を組んでいた。 |
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イエローグリーンベース色に変更した3208 (3205〜3208編成) 大森台 1992年7月17日 同編成は1964年の新製以来、更新前の1980年8月にファイアーオレンジベースへの塗装変更をし、1986年5月に3205〜3206、1986年6月に3207〜3208の更新・冷房化を行った。それから6年、独特な色彩に塗られ注目を浴びた。撮影時は4両単独編成を組んでいた。、 |
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試験塗装の対象から外れた3204 (3201〜3204編成) 船橋競馬場 1993年8月15日 3201〜3204変更のみ試験塗装の変更から外れ、1985年秋の更新時より1994年8月の現行標準色塗装変更までの9年間、装いの変化はなかった。 撮影時は、現行標準色への変更が開始され間もない頃で、3200形8M車は、3205〜3212で後の標準色に変更済だった。 |
最初に変更した3217〜3220は、ブルー帯が窓下にも巻かれ他の3本と帯配置が異なっていたが、1992年(平成4年)1月末に帯配置変更し、3217正面と編成海側のブルー帯を撤去。3217は前面太帯と側面細帯を連続性をたせることから、先頭部帯ステンレス枠を一部撤去した。これも新鋭の3700形と差別化を図るものだった。
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試験塗装開始後、ほどなく正面帯配置を変更した3217 京成小岩付近 1992年4月1日 3217〜3220編成は、3217正面と編成海側はレッド帯のみとなった。撮影時はホワイト試験塗装車の3209〜3212編成と4+4の8両編成を組んでおり、試験塗装車同市の混結編成はこのパターンだった時期が多かった。 |
ライトブルーベースだった3213〜3216編成は1992年 ( 平成4年 ) 4月中旬に、全般検査・重要部検査とは別途でファイアーオレンジベースにモーンアイボリーの新赤電塗装に戻し、その後は3色のベースカラーで検討した。余談だが、3213〜3216編成は、1992年
( 平成4年 ) 11月にファイアーオレンジベースにモーンアイボリーの新赤電塗装に再塗装のうえ全般検査出場し、1年間で3度化粧直しを行った。
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ライトブルーの試験塗装色から従来のファイアーオレンジ塗装に戻した3216 東中山 1992年12月15 撮影時は、ファイアーオレンジ塗装車のみで、成田方から3201〜3204+3213〜3216の8両編成を組んでいた。 |
前述の通り1991年(平成3年)12月末以降、試験塗装第5陣がデビューする直前の1992年 ( 平成4年 ) 12月にかけて、異色試験塗装車や当時標準色のファイアオレンジベースで4+4の8両編成混結編成もあり、ファンから注目を浴びた。特に、3217〜3220編成+3209〜3212編成のライトグレー+ホワイトで運用に就いていた期間が多く、それ以外にライトブルー+ホワイトの3213〜3216編成+3209〜3212編成、イエローグリーン+ホワイトの3205〜3208編成+3209〜3212編成等が数ヵ月単位で組まれホワイトベース試験塗装だった頃に3209が先頭に出る機会は少なかった。
試験塗装第5陣として、ホワイトベースだった3209〜3212編成は、全般検査・重要部検査とは別途で1992年 ( 平成4年 ) 12月に現行標準色となったライトグレーベース色に変更し、短期間でレッド・ブルーの帯配置等を幾度か変え試みた。3209の正面がレッド・ブルー帯に加えブラックフィルムを配した点が特徴だったが、変更直後、3209は8両編成の中間に挟まれてることが多かった。ベース色のライトグレー色は、3217〜3220編成より若干淡い色調となった。
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ライトグレーベース色に変更した3209 京成津田沼 1992年12月30日 試験塗装第5陣として1992年12月下旬に、ホワイト試験塗装車だった3209〜3212編成が、3217〜3220編成よりも若干淡いライトグレーをベースにレッド・ブルー帯を配して出場。 同編成は短期間で帯の配置・サイズ等を中心に変更し、現行標準塗装を決定するに至った。 写真のように、320の正面窓周りにブラックフィルムが貼られ、独特な前面色となった。写真左は第一陣試験塗装車ライトグレーの3220。撮影時、成田方から3217〜3220+3209〜3212といった8両編成を組んでいた。 |
3400形がデビューした1993年(平成5年)2月に、ライトグレーベース色に変更した3209〜3212編成で、ベース色は変えず側面帯を現行標準色と同サイズ・配置にし、側面ステンレス枠の上部を残し撤去したほか、3212の正面もレッド・ブルー帯に加えブラックフィルムを配したカラーリングに変更。この度の変更より、3209〜3212編成は4両で使用することが多く、独特なブラックフィルムを貼った正面が先頭に出ることが多くなった。この時点でベース色は、ライトグレーに決定した。一旦、試験塗装車で窓下帯はレッドのみとしたが、3400形デビューを機に鋼製車の帯サイズや配置を極力統一する方針に切り替え、窓下にブルー帯を配しそれが後の塗装変更車に波及した。大手私鉄にて塗装を要する鋼製車やアルミ車でグレー系ベースカラーに会社カラーを配したカラーリングは、1990年代の鉄道会社で流行となり、1992年(平成4年)以降の南海の7000系等鋼製車の塗装変更車や1993年(平成5年)にデビューした相鉄9000系、1996年(平成8年)より製造した西武6000系アルミ車等で用いられ、当時は斬新なデザインでもあった。
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側面帯サイズを変更した3209〜3212編成 菅野 1993年3月22日 3212正面にもブラックフイルムが貼られ、4両編成主に運用に就いた。 |
1993年(平成5年)5月に3212のみ正面ブラックフィルムを外し、側面ステンレス枠を側客用扉部の一部(扉レール箇所)を除き撤去。結果的に3212の帯配置・サイズ等が現行標準色のモチーフになった。
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正面ブラックフィルムを廃し、帯配置等、現行標準塗装色のモチーフになった3212(右)。 すれ違うのは千葉急行1000形1029(左)。 京成津田沼 1993年5月23日 |
1993年(平成5年)5月下旬、本格的な塗装変更に先立ち、イエローグリーンベースだった3205〜3208編成を全般検査・重要部検査とは別途でモチーフとなった3212同色・同帯配置で塗装変更を行ない、編成単位で塗装変更を行う際の工期期間等を試みた。前述の通り、赤電形式特有だった帯ステンレス枠は側客用扉の一部を除き撤去した。
そして、1993年(平成5年)6月以降に3100形以降の赤電形式で全般検査・重要部検査時に、塗装変更を開始するに至った。この時期より、カラー名をベース色のライトグレー=アクティブシルバー、帯色のレッド=ヒューマンレッド、ブルー=フューチャーブルーと呼称するようになった。この度の塗装変更は、赤電形式全形式共、ステンレス帯縁取を撤去し前面等凹凸のある箇所以外は基本カラーフイルム貼とした。
ファイアーオレンジベース色が1980年代〜1990年代初期では、他社殆どの鉄道会社が淡色を配しているのに反し(京王・小田急・東武・新京成等)、時代に反した濃色ベース車体は評判も思わしくなかった。かつファイアーオレンジ塗装で新造した車両もなく、変更開始当初は斬新さに欠けていた。そのため、いずれの試験塗装車は、淡色ベースとし、ブルー・レッドの帯が際立つカラーリングとした。
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イエローグリーンベースの試験塗装から現行標準塗装に先行試験として変更した3205 京成津田沼 1993年8月12日 撮影時は、成田方から3205〜3208+3209〜3212といった8両編成を組んでいた。 |
3200形8M車に関しては、試験塗装車は1993年(平成5年)7月に3209〜3212、1993年(平成5年)12月に3217〜3220といった順で全般検査と同時施行で正式な現行標準色に変更した。ライトブルーベースの試験塗装からファイアーオレンジベース色に戻した3213〜3216編成は1994年(平成6年)7月の重要部検査時に従来の現行標準色に変更したほか、試験塗装車の対象外だった3201〜3204編成も、1994年(平成6年)8月の重要部検査時に従来のファイアーオレンジベース色から現行標準色に変更し、3200形8M車の塗装変更は完了した。
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現行標準塗装に変更した3217 京成津田沼 1994年1月9日 撮影時は塗装変更から日が浅い頃で、4両普通運用で使用していた。 |
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現行標準塗装に変更した3216 京成西船 1994年7月24日 撮影時は塗装変更直後で、4両普通運用で使用していた。3213〜3216編成は、1991年〜1994年の間、ファイアーオレンジベースからライトブルー試験塗装→ファイアーオレンジベース→現行標準色と3度も塗装変更を行った。 |
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現行標準色3206(右)と試験塗装3217(左)の混結 京成津田沼 1993年11月7日 撮影時は、赤電形式で現行標準色への塗装変更開始した直後で、試験塗装だった3209〜3212も現行標準色に変更済。3217〜3220編成のみ唯一試験塗装のまま残ってた。 写真右は先行試験として現行標準色に塗装変更済だった3206で、成田・千葉中央方から、3205〜3206+3217〜3220といった6両編成を組んでいた。 |
塗装変更後〜廃車開始時までの動向・特筆事項等
この間、4両基本編成や4+4の8両編成のほか、4両3本を用いて6両で使用する機会も増えた。しかし、3700形8両編成の数が増えるにつれ8両編成を組む機会は減った。
2000年(平成12年)12月3日に、都営地下鉄浅草線・京成線相互乗り入れ40周年として、成田方から3201〜3204+3205〜3208の8両編成で、ヘッドマークを掲げ、西馬込〜宗吾検車区間でイベント運用に就いた。この8両はイベント後、数日間8両編成で運用に就き、後に4両編成2本に分割した。これが、6M車を含む3200形最後の8両編成だった。
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都営地下鉄浅草線40周年記念臨時運用を行った3208 ( 編成は成田方から3201〜3204+3205〜3208 ) 宗吾検車区 2000年12月3日 3208は、1986年6月の更新後は、1992年〜1993年のイエローグリーン試験塗装や、2000年の都営地下鉄浅草線乗り入れ40周年記念運用等、注目を浴びた編成でもあった。左写真撮影から2年3ヶ月後の2003年3月に廃車になった。 |
2001年(平成13年)3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。それと同時期に、 前面種別幕を従来の太ゴシックタイプから、3400形3418編成以降や3700形2次車以降で採用した新タイプの小文字併用英字入の細ゴシック、ナール調タイプに変更した。
2001年5月以降、3150形が京成から全除籍となり、3200形8M車が京成在籍車で最古参となった。以後、4両基本編成で使用することが多くなった。
2002年(平成14年)10月12日の種別見直しを重視したダイヤ改正に備え、同年7月〜9月に前面・側面種別幕を各種別を快速=ピンク、特急=赤等と色分したタイプのものに変更した。側面は各種別色地に白文字、前面は白地に各種別色文字となったが、文字体は細ゴシック・ナール調のままとした。
廃車開始時〜全廃時の動向
2003年(平成15年)3月、2代目の3000形デビューにより3205〜3210・3213〜3220が3200形初の廃車となった。残った3201〜3204・3209〜3210は6両にまとめられ以下の編成を組み使用(◇は先頭車)。以下の編成は、京成在籍車で唯一全M台車を持つ車両となった。
← 成田空港・ちはら台
◇3209-3210-◇3201-3202-3203-3204◇
以上の6両も、3000形2次車増備により、2004年(平成16年) 1月に6両単位で廃車となり、京成で全台車にモーターをもつ車両は消滅した。
| 車両データ |
車暦表
製造〜1991年11月
| 車号 | 製造 | メーカー | 塗装変更1 | 更新・冷房化 | 試験塗装配色期間 | 塗装変更2 | 廃車 |
| 3201〜3202 | 1964年10月 | 帝国車輌 | 1980年 7月 | 1985年10月 | - |
1994年 8月 | 2004年 1月 |
| 3203〜3204 |
〃 | 〃 | 〃 | 1985年11月 | - |
〃 | 〃 |
| 3205〜3206 |
1964年10月 | 帝国車輌 | 1980年 8月 | 1986年 5月 | 1992年 1月〜1993年 5月 ( イエローグリーン ) |
1993年 5月 | 2003年 3月 |
| 3207〜3208 | 〃 | 〃 | 〃 | 1986年 6月 | 〃 |
〃 | 〃 |
| 3209〜3210 |
1964年11月 | 日本車輌 | 1980年 7月 | 1985年12月 | 1991年12月〜1992年12月 ( ホワイト ) 1992年12月〜1993年 7月 ( ライトグレー ) |
1993年 7月 | 2004年 1月 |
| 3211〜3212 |
〃 | 〃 | 〃 | 1986年 1月 | 〃 |
〃 | 2003年 3月 |
| 3213〜3214 |
1964年11月 | 日本車輌 | 1981年 5月 | 1985年 7月 | 1991年12月〜1992年 4月 ( ライトブルー ) |
1994年 7月 | 2003年 3月 |
| 3215〜3216 |
〃 | 〃 | 〃 | 1985年 8月 | 〃 |
〃 | 〃 |
| 3217〜3218 |
1964年11月 | 日本車輌 | 1980年 6月 | 1986年 2月 | 1991年12月〜1993年11月 ( ライトグレー ) |
1993年12月 | 2003年 3月 |
| 3219〜3220 |
〃 | 〃 | 〃 | 1986年 3月 | 〃 |
〃 | 〃 |
※ 塗装変更1 : ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯
※ 塗装変更2 : アクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯の現行標準色
主要機器 (以下は廃車時のものを示す)
主電動機・駆動装置・台車
| 制御方式 | 主電動機 | 駆動装置 | 歯車比 | 台車 | 搭載車両 |
| 抵抗制御 | TDK-810/4F (75kw 東洋製) |
TDカルダン | 78:13 | KS-116B (汽車会社製) |
3213〜3218 |
| 抵抗制御 | TDK-8100-A (75kw 東洋製) |
TDカルダン | 78:13 | KS-116B (汽車会社製) |
3219〜3220 |
| 抵抗制御 | MB-3028-E (75kw 三菱製) |
WNカルダン | 97:16 | FS-329 (住友金属製) |
3201〜3212 |
※ TDK-8100-Aの主電動機をもった車両は、1991年に TDK-810/4F から変更した。
制御装置・制動装置
| 制御装置 | 搭載車輌 |
| SE-565-C (東洋製) |
各編成中間車 |
| 制動装置 | 搭載車輌 |
| HSC-D | 3201〜3220全車両 |
空気圧縮機・ 補助電源装置
| 空気圧縮機 ( CP ) | 補助電源装置 | 搭載車両 |
| AC-1000 ( 1180 l/min 別名 A-3-KA ) |
CLG-355-B1 ( 75kVA MG ) |
各編成先頭車 |
※1 CPは製造時は C-1000 ( 1,180ml/min 別名 A-3-K ) を使用していたが、更新・冷房化時に C-1000の電動機を交流化することにより変更した。
※2 補助電源装置は製造時は 5.5kvAのMG、CLG-319-E を使用していたが、更新・冷房化時に75kvAのMG、CLG-355-B1に変更した。
※3 AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼ぶ。
| 車両アルバム |

更新から日が浅かった頃の3204
京成船橋 1987年6月3日
3201〜3204編成は更新前の1980年7月にファイアーオレンジベースへの塗装変更をし、1985年9月下旬に3201〜3202、1985年11月上旬に3203〜3204の更新を行った。

駅開業初日の おゆみ野 駅に進入する3204
1995年4月1日
3201〜3204編成は、3200形8M車の中で唯一試験塗装の対象外となり、1994年8月にファイアーオレンジから写真の現行標準色に塗装変更した。
撮影時は、成田・ちはら台方から 3205〜3206+3201〜3204の6両編成を組んでいた。

3500形と並ぶ試験塗装編成、3209
京成稲毛 1993年6月13日
写真は3209〜3212編成。この時期、上野方先頭車3212の正面ブラックフィルムは外され、結局3212モチーフの塗装に決定した。

試験塗装編成、3209
船橋競馬場 1993年4月5日

ライトブルー試験塗装時代の3216
東中山 1991年12月30日

イエローグリーンの3208、3300形3308とすれ違う
京成西船 1992年2月2日

現行標準色に変更後の3208
京成津田沼 1994年6月18日

正式な新塗装に変更した3213
海神 1995年7月上旬
3213〜3216は、1994年7月に現行標準塗装に変更した。

現行標準色となり、8両で特急運用についた3205
市川真間〜菅野 1995年11月
撮影時は、在籍赤電形式全車の塗装変更は完了していた。

独特な印象を与えた3200形8M車更新後の扉
3206車内にて 1993年2月

試験塗装時代の3220
京成船橋〜大神宮下 1993年5月4日
撮影時は成田方から、3213〜3216+3217〜3220といった8両編成を組んでいた。3213〜3216はファイアーオレンジ塗装だった。

塗装変更(現行標準色)開始後、唯一試験塗装配色で残った3220
西登戸 1993年8月下旬
撮影時、試験塗装車だった3205〜3220のうち、3213〜3216は1992年4月にファイアーオレンジ塗装に戻され、3205〜3208は先行試験として現行標準色に変更。
3209〜3212は1993年7月末に現行標準色に変更。3217〜3220のみ試験塗装の姿で残った。
撮影時の編成は、成田・千葉中央方から3205〜3206+3217〜3220の6両編成。この時期を境に、3200形8M車は6両編成を組むことが多くなった。

ファイアーオレンジ塗装で4両編成普通運用に就いた3216
谷津 1993年2月26日
3213〜3216編成は撮影から1年前は、ライトブルーの試験塗装車だった。

更新から約2年経った頃の3213
千住大橋 1987年8月1日

試験塗装開始直後の3217
京成津田沼 1991年12月18日
試験塗装時代、3217先頭にブルー帯が配されたのは2ヶ月足らずだった。

現行標準色になった3217
菅野 1994年11月中旬
撮影時は、3217〜3220編成は4両で使用した。

ファイアーオレンジ塗装時代の3220
東中山 1991年7月

成田方から3205〜3208+3217〜3220の8両編成で特急運用に就いた現行標準塗装変更後の3220
京成西船 1995年10月7日
撮影時は、在籍赤電形式全車の塗装変更は完了していた。

ファイアーオレンジ塗装で4両普通運用に就いた3213
船橋競馬場 1993年1月24日
3213〜3216編成は撮影から1年前は、ライトブルーの試験塗装車だった。

現行標準色となり、4両で普通運用に就いた3213
鬼越 1994年7月23日

イエローグリーン試験塗装時代の3208
東中山1992年4月6日
1992年1月から1年4ヵ月間、3205〜3208は独特な色彩で、四季を通じファンのみならず一般乗客からも注目を浴びた。
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