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京成3200形 3290番台 ( 3291〜3298 ) |
| 製造初年から、全廃時までの経緯等を中心に解説します。 |
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| 当ページは3200形90番台3291〜3298を対象に解説します。 |
| 3200形8M車3201〜3220の解説はこちらをクリックして下さい。 |
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概要 |
1967年(昭和42年)12月、3200形最終増備車として3291〜3298を新製。1953年(昭和28年)以来活躍してきた指定特急車 ‘開運‘ 1600形の代替としてセミクロスシート・WC付(3292・3296の上野方車端山側に配置)でデビュー。
このグループの機器面は、3200形6M車3221〜3280と同仕様で新製したが、後述のとおり通勤形とは別用途で側窓・扉、車内が異なるため、3281〜3290を欠番とし、3291〜3294編成・3295〜3298編成の4両編成2本とした。よって‘
3290形 ‘と呼ばれることもあった。
側面は、先に指定特急車として営業に就いてた3150形3191〜3194と混結も考慮し、側客用扉は片開扉とし、3150形同一窓配置とした。室内シート配置は、3150形3191〜3194と変化なかった。
外観上、塗装や前面形状等は他の3200形と同様だった(3面丸妻、前照灯は上部左右に、尾灯兼用急行灯は下部左右に配置。運転室・乗務員室窓は縮小タイプを、安置クライマーは大型3枚歯タイプを採用。塗装はモーンアイボリーとファイアーオレンジのツートンカラーにステンレス縁付ミスティラベンダー帯を配した)。同グループも3200形両扉車同様に4両を基本とし、3265以降同様に2両ユニット境は狭幅貫通路とし奇数号車に貫通扉を設置した。尚、ユニット境の連結機は分割可能な密着タイプとし、これは後にデビューした3300形でも採用し、3265〜3280でも1974年(昭和49年)にこのタイプに変更したほか、後の更新で赤電形式殆どの車両に行き渡った。
| 新製直後の3298 宗吾検車区 1967年12月 ※ 画像は京成広報部ポスターより |
室内は、セミクロスシートの配置や3292・3296のWCの設置以外、配色や設備等3200形と変化なかった(ベージュ色壁面デコラにエンジ色シート、ダークグリーンの床面色、両端荷棚から天井部はホワイト塗装仕上とした。側客用扉や乗務員室扉、貫通扉はアルミ製で黒Hゴム窓支持とし、壁面同色のベージュ色に塗装した。扉点検蓋や座席掛面、カーテン収納等は塗装仕上とした。荷棚は3200形6M車3265〜3280同様に合成樹皮パイプタイプとした。室内送風機としてファンデリアを設置した)。
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新製直後の3296車内 1968年4月 ※ 画像は、鉄道ピクトリアル No632 より |
1967年(昭和42年)当時、特別料金をとる関東大手私鉄の特急専用車で東武1720系DRC、小田急3100形NSE車等冷房車が普及していたのに対し、京成3200形3291〜3298および3150形3191〜3194は非冷房車ファンデリア送風機のみで、特別料金をとる特急車としてのサービス面では見劣り気味だった。
性能は3200形6M車の3221以降同様に、先頭車先頭側台車をT台車とした2両MMユニットで、M台車に100kwの主電動機を搭載した。詳細形式名は先頭車・中間車共に‘モハ3200形‘。
メーカーは3291〜3294が日本車輌、3295〜3298が帝国車輌。帝国車輌は1968年(昭和43年)3月に東急車輛と吸収合併したため、3295〜3298が京成最後の帝国車輌製となった。
基本編成は以下で◇は先頭車。
←成田
◇3291-3292-3293-3294◇ ◇3295-3296-3297-3298◇
更新前の経緯
AE形増備に伴い1972年(昭和47年)5月に3291〜3294編成、1973年(昭和48年)5月に3295〜3298編成を通勤車化改造としてロングシート化・WCの撤去(客室化)を行った。
1975年前後に、側客用扉の窓支持方式を黒Hゴムから、太金属支持方式に変更した。
更新・冷房化前の3150形方向幕非設置車の3171〜3186・3191〜3194と6両混結編成を組む事が多かったが、3150形が更新終了した1985年(昭和60年)以降は後述の更新・冷房化までの間はもっぱら4両編成単独で運用に入った。
1980年(昭和55年)2月に3295〜3298、1981年(昭和56年)8月に3291〜3294といった順で、全般検査・重要部検査時にファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を行った。
1985年(昭和60年)に側面扉開閉確認灯を2灯化、カプセル形一体ケース化した。それとほぼ近時期にアルミ製塗装仕上の室内乗務員扉・貫通扉窓支持を黒Hゴムから太金属支持押さえに変更した。
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更新前、ファイアーオレンジ塗装時代の3298 京成立石 1987年8月1日 前面スタイルは他の3200形原形車同様で、アンチクライマー・運転台窓サイズに変化はなかった。 撮影時は3295〜3298の基本4両編成を組んでいた。 |
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更新前、ファイアーオレンジ塗装時代の3294 東中山 1982年6月16日 撮影時は、3293〜3294ユニットと3150形4両編成が混結し、6両編成を組んでいた。 |
更新・冷房化工事
VVVFインバータ制御化した3291〜3294編成
3200形両扉車6M車の更新が進行中だった1988年(昭和63年)3月に、3291〜3294編成で更新・冷房化を施工。同編成は、京成初のVVVFインバータ試験車として改造した。車籍上の更新出場日は、各種試験・試運転を経て営業運転開始直前の1988年(昭和63年)5月17日とした。
工事内容としては中間車の3292・3293に165kw三相かご形誘導電動機タイプの主電動機を搭載。両端先頭車の3291・3294はTc化(制御車化)を行い、M車は1M方式でTc-M・M-Tcとユニット組んだ2M2Tの4両編成となった。3291・3294は赤電形式唯一のTc車(制御車)となった。従って、クハ3200形が誕生し、3291・3294の側面は、クハ3291・クハ3294の表記とした。
制御装置は東急7600系・7700系等で実績のある東洋初期形のGTO素子のVVVFインバータ装置を3292・3293に搭載。台車は改造の上再用、ブレーキ装置は、新遅れ込め制御回生ブレーキのHSC-Rとした。回生ブレーキを採用したことにより、先頭車・中間車共にブレーキ作用配管を変更し、T台車をもつ先頭車は3200形6M車抵抗制御の更新車(更新後の3221〜3280の先頭車)と同様とした。
外観上、後述のとおり3200形6M車と差異は少なかったが、前照灯を尾灯と角形一体ケースとした点が異なる。
基本的に4両ユニットとすることから3292にパンタグラフ2台搭載し、3293のパンタグラフは撤去した。補助電源装置として、3291に大容量SIVを搭載し、3294は予備用として5.5kwのMGを残した。空気圧縮機は3291のみ交流電動化し、3294は直流電動機タイプのままだった。
抵抗制御車で更新・冷房化済の3150形、および後に更新・冷房化を行った3295〜3298編成と混結し6両・8両組成可能な作りとしたが、足回りが異なる異端編成であるため一般営業運転では4両単独を組む事が殆どだった。営業運転での混結実績は、後述のとおり一時期を除きなかったが、3150形とは、営業運転開始直後の1988年5月下旬に3163〜3164ユニットを成田方に連結した6両編成で試運転を行った実績がある。
1988年当時、関東1500V鉄道車両で営業運転中のVVVFインバーター車は量産増備していた東急9000系・小田急1000形、および新京成8800形等ほか、試験採用中の東武10080系、JR常磐緩行線207系等、在来車改造によって誕生した東急7600系・7700系、相鉄3050系等があったが、いずれも少数でファンから注目を浴びた。
3291〜3294編成が、VVVF制御車を試みた背景として、1986年(昭和61年)2月、京成系列会社の新京成で1500V鉄道用車両初のVVVF制御車8800形を導入。京成も早期導入を考慮し、翌1987年度(昭和62年度)中を目処に試験車を導入することになった。試験車は新造車ではなく、当時更新・冷房化が進行していた3200形で行う方針になり、異端車的な存在だった3290番台で、当時の重要部検査期限が近くなった3291〜3294編成を選抜した。よって、3200形6M車3221〜3280グループの6両固定編成化は一旦中断し、3291〜3294編成を大榮車輌に入場させ、1987年度末の1988年3月末に完成した。
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更新・冷房化と共にVVVFインバータ試験車となった3291〜3294編成 宗吾検車区 1988年4月18日 前面の角形ライトが他の3200形と異なり特徴的だった。 |
抵抗制御のまま更新を行った3295〜3298編成
3295〜3298編成は、3200形両扉車6M車3221〜3280更新完了後の1989年(平成元年)4月下旬に3297〜3298、同年5月下旬に3295〜3296といった順で更新・冷房化を行った。こちらは抵抗制御車のままで前面スタイルも、他の3200形と同一とし、3200形の片扉車版として注目を浴びた。又、3200形6M車3221〜3280同様に、空転・オーバーラン防止等の強化対策としてT台車をもつ先頭車の3295・3298は、ブレーキ作用装置配管が変更となり、制動緩解時音が変化したほか、制御装置や駆動装置を改良し経年の主電動機を同一品に交換した。尚、空気圧縮機の交流電動機化は行わなかった。
この4両をもって3200形全車の更新・冷房化が完了した。3295〜3298も3150形と混結可能であるほか、VVVF車3291〜3294と混結可能だった。1989年(平成元年)4月下旬〜5月下旬に更新出場直後の3297〜3298は、相方の3295〜3296が出場するまでの間、3150形3155〜3158の上野方に連結し異形式混結6両編成を組んだ。
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抵抗制御車のまま更新を行った3295〜3298編成 千葉中央 1990年3月23日 前面スタイルは、他の3200形同様とした。 |
3291〜3294編成・3295〜3298編成 工事内容共通点
その他の更新内容は、3291〜3294編成・3295編成〜3298編成共に、平行して行なっていた3200形6M車両扉車と差異はなかった(外観は前照灯・尾灯を腰部に設置、上部左右に急行灯を設置、上部中央に行先のみ表示の40コマ方向幕を設置したほか前面貫通扉を手動タイプの種別幕付ステンレス製のものに変更。側面に種別・方向幕の設置。室内はユニット間の妻窓廃止。側窓をユニットサッシュ化。側客用扉・貫通扉をステンレス製無塗装窓支持金属押さえタイプのものに交換。先頭車乗務員室扉アルミ製塗装仕上左右開閉タイプからステンレス製引戸タイプに交換したことから、先頭車中間埋込時、乗務員室と運転室両方を仕切れる構造に変更。室内は天井・壁面・扉点検蓋等を無塗装化し、壁面デコラを従来のベージュ色から3500形同様にイエロークリーム色に変更、天井面はホワイトのデコラ貼仕上に。ユニット境奇数号車にあった貫通扉と側客用扉をアルミ製塗装仕上のタイプからステンレス製窓金属支持タイプのものに変更。乗務員室扉を暖房装置を反射形とすることから座席下掛面をステンレス化。室内蛍光灯のうち1両あたり4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯を廃止。冷房化に関してはベンチレーターを全て廃し、分散式冷房装置を1両あたり3台搭載。補助電源装置の大容量化。室内はファンデリアを全て廃し冷風吹出口に加え冷風撹拌として東芝製首振扇風機を設置。先頭車乗務員室直後に関しては、冷風ダクトを設けたが、同箇所の扇風機は非設置とした等)。
側窓は、片扉車では唯一ユニットサッシュタイプとなり、独特な印象を与えた。
又、1988年〜1989年に他形式で行われてた室内の吊り革を扉前・枕木方向に増設は、8両共に更新時に行った。
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3296側面 千葉中央 1990年3月23日 3291〜3298は、側客片扉車で唯一側窓をユニットサッシュ化し、戸袋窓と高さが異なるのが特徴 |
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更新後の3293車内 2001年12月26日 車内の配色等は3200形6M車両扉車と同様。 |
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3200形は、更新時に側窓のユニットサッシュ化を行い、片扉車の3291〜3298も行った。 両開車と窓サイズが異なってた為独特な印象を与え,近似形だった3150形更新車と相違点の一つだった。 3297車内 2007年2月14日 |
更新後の経緯
VVVFインバータ制御の3291〜3294編成は、1989年(平成元年)6月〜7月に、3150形成田方2両ユニットの3187〜3188を連結した混結6両編成を組み、運用に就いた。その際、都営地下鉄浅草線にも乗り入れ、都営地下鉄では初のVVVFインバータ制御車の走行となった。しかし、T車をもつVVVFインバータ制御車と全M車抵抗制御車の混結といったことから性能が大きく異なり、衝撃等が生じたことから、以後抵抗制御車と混結は控える方針とした。又、1980年代初頭までは通常だった赤電形式の8M車と6M車の混結は、モーター出力が異なるため、混結は極力控える方針とした。よって、前述の通り3297〜3298ユニットが、双方ユニットの3295〜3296ユニットが出場するまでの間、3150形3155〜3158と6両を組んだのが最後で、以後8M車と6M車の混結実績はない。
1989年8月以降、3291〜3294編成・3295〜3298編成は、後述の3293〜3294不具合時の2003年(平成15年)5月まで、4両編成単独で運用に就いた。
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4両で千葉線普通運用に就いたの3294ほか4両 VVVFインバータ制御試験編成 京成稲毛 1991年5月6日 |
1990年(平成2年)6月に、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等、1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした。
1994年(平成6年)4月に3291〜3294、同年12月に3295〜3298といった順で現行標準色のアクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯への塗装変更を行った。両編成共、塗装変更は全般検査時に行った。その際、帯は当時新鋭だった3700形や3400形に合わせ、サイズを太くしたフィルムタイプとしたため、ステンレス枠は側客用扉の一部を除き撤去した。
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塗装変更後の3291〜3294編成 検見川 1994年5月15日 |
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塗装変更後の3295〜3298編成 海神 1995年3月21日 |
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3295〜3298編成は、1999年(平成11年)4月より全般検査・重要部検査期限を従来の3年から4年以上にのばす為の試験車で、1994年(平成6年)12月の塗装変更と同時に行った全般検査以来、1998年12月の重要部検査までの丸4年間、大きな検査に入らずに使用した。
これは、1997年度以降各鉄道会社で認可のうえ数両で試験を行うことになり、京成では3295〜3298編成を選抜した。
1996年(平成8年)12月に、3294で3050形の廃車発生品を再用することによりMGを75kwのものに変更したほか空気圧縮機を交流電動機タイプのものに交換した。
2001年(平成13年)3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面戸袋窓上に配した。これと近時期に、前面種別幕を従来の太ゴシックタイプから、3400形3418編成以降や3700形2次車以降で採用した新タイプの小文字併用英字入の細ゴシック、ナール調タイプに変更した。
2002年(平成14年)10月12日の種別見直しを重視したダイヤ改正に備え、同年8月に前面・側面種別幕を各種別を快速=ピンク、特急=赤等と色分したタイプのものに変更した。側面は各種別色地に白文字、前面は白地に各種別色文字となったが、文字体は細ゴシック・ナール調のままとした。それと近時期に3291・3294の側面方向幕を全コマ小文字併用英字入タイプに交換した
2003年(平成15年)4月、3293のVVVFインバータで不具合が生じ、3293〜3294は修理休車となった。よって、2003年5月〜6月の間、3291〜3292で暫定的に2両ユニットに分割し、成田方から3291〜3292+3295〜3298といった6両編成を組み運用に入った。修理が終わった2003年7月に両編成共4両編成に戻した。VVVF車と抵抗制御車3295〜3298の混結は最初で最後だった。また、3200形3290番台車の6両編成は、前述の1989年7月以来約14年振だった。
2004年(平成16年)1月に3291〜3294編成は後述のとおり廃車となり、3295〜3298は京成通勤車唯一の片扉車となり、4両普通運用で使用し続けた。
安全強化の為、在籍していた3295〜3298については2004年(平成16年)5月に室内照明の蛍光灯を昼白色から白色・飛散防止タイプのものに変更した。
マナー強化のため在籍していた3295〜3298については2006年(平成18年)1月に優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。
2006年(平成18年)10月28日、都営浅草線馬込検車区にて行われた都営フェスタに3295〜3298編成が、引退間近だった都営5200形や北総7000形等と共に展示した。同編成が、更新・冷房化後4両単位で都営浅草線内に入ったのは最初で最後だった。
| 都営フェスタで、京成車代表車両として晩年の3295〜3298編成が並べられた 馬込検車区 2006年10月28日 (2枚共) |
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3295〜3298編成で、2007年(平成19年)1月28日に‘開運 ‘ 復刻イベント運転を行った為、同編成はデビュー時のモーンアイボリー+ファイアーオレンジにミスティラベンダー帯のリバイバルカラーを再現した(デビュー時の帯のステンレス枠は、シルバーグレーの縁取で再現)。
イベント前の 2007年(平成19年)1月17日から廃車時の2007年3月まで他の4両に混じり運用に入りファンを喜ばせた。同色のリバイバルカラーは1994年(平成6年)10月〜1995年(平成7年)2月に3050形3059〜3062編成でも運用され、それ以来12年振だった。イベント時は、約33年振に電照式の‘開運‘ヘッドマークを前面貫通扉に掲げ運用に就きファンを歓ばせた。
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リバイバルカラーとして活躍した3295〜3298編成 京成高砂〜柴又 2007年1月18日 |
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`開運`復刻イベント運用に就いた3295〜3298編成 町屋〜千住大橋 2007年1月28日 |
廃車
2代目の3000形デビュー後、3291〜3294編成はVVVFインバータ初期形で、不具合が多く生じ、部品調達も困難な事から、3200形6M車の廃車を開始した直後の2004年(平成16年)1月に3200形8M車と共に廃車となった。
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晩年の3294 京成上野 2003年10月17日 VVVFインバータ制御に改造から15年経った2003年春頃から、制御装置を中心に不具合等が多く生じ、2004年1月に廃車になった。 撮影時は、廃車3ヶ月前の姿。 |
前述のとおり、リバイバルカラーとなった3295〜3298編成は、3000形増備車にバトンを譲り、2007年(平成19年)3月末廃車となった。同編成の廃車により京成通勤形の片扉車は消滅したほか、帝国車輌製の車両も消滅した。
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廃車後、宗吾車両基地内にて解体途中の3298先頭車 2007年6月24日 3295〜3298編成が正式廃車となってから約3ヶ月後に撮影。3295〜3297は解体済で上野方先頭車の3298ボディのみ残っていた。扉や方向幕、ライト等は撤去済だった。 |
| 車両データ |
車歴表
製造〜1987年
| 車号 | 製造 | メーカー | 通勤車化 | 塗装変更1 |
| 3291〜3292 | 1967年12月 | 日本車輌 | 1972年 5月 | 1981年 8月 |
| 3293〜3294 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 |
| 3295〜3296 | 1967年12月 | 帝国車輌 | 1973年 5月 | 1980年 2月 |
| 3297〜3298 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 |
1988年〜廃車
| 車号 | 更新・冷房化 | 塗装変更2 | 備考 | 廃車 |
| 3291〜3292 | 1988年 3月 | 1994年 4月 | 更新時、3292・3293はVVVF制御化、3291・3294Tc車化 | 2004年 1月 |
| 3293〜3294 | 1988年 3月 | 〃 | 〃 | 〃 |
| 3295〜3296 | 1989年 5月 | 1994年12月 | 2007年1月、デビュー時の塗装に変更 |
2007年 3月 |
| 3297〜3298 | 1989年 4月 | 〃 | 〃 | 〃 |
※ 塗装変更1 : ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯
※ 塗装変更2 : アクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯の現行標準色
主要機器 (以下は廃車時のものを示す)
駆動装置・主電動機
| 制御方式 | 駆動装置 | 歯車比 | 主電動機 | 搭載車両 | 備考 |
| 抵抗制御 | TDカルダン | 78:13 | TDK-816-A (100kw 東洋製) |
3295〜3298 | |
| GTO素子 VVVFインバーター | TDカルダン | 79:13 | TDK-6110A (165kw 東洋製) |
3292・3293 | 3291〜3294編成は、抵抗制御だった更新・冷房化工事前は、3295〜3298同様に全M車 抵抗制御だった、更新・冷房化工事前の3291〜3294は、主電動機TDK-816-A を使用したほか、歯車非も78:13。 3291・3294はVVVFインバータ制御化の際、Mc→Tc化。 |
制御装置・制動装置
| 制御装置 | 搭載車輌 | 備考 |
| SE-575-D (東洋製) |
3296・3297 | |
| ATR-H4165-RG6148 (東洋製) |
3292・3293 | 3292・3293の制御装置は、抵抗制御だった更新・冷房化工事前は、3295〜3298同様にSE-575-D |
| 制動装置 | 搭載車輌 | 備考 |
| HSC-D | 3295〜3298 | |
| HSC-R | 3291〜3294 | 3291〜3294の制動装置は、抵抗制御だった更新・冷房化工事前は、3295〜3298同様にHSC-D。 |
台車
| 台車 | 搭載車両 | 備考 |
| KS-121-A (汽車会社製) |
3295〜3298 | |
| KS-121-MA (汽車会社製) |
3292・3293 | 抵抗制御車だった更新前の KS-121-A を改造のうえ上記に変更。 |
| KS-121-MT (汽車会社製) |
3291・3294 | 抵抗制御車だった更新前の KS-121-A を改造のうえ上記に変更。 |
3291〜3294は、抵抗制御車だった更新前の KS-121-A を改造のうえ上記に変更。
空気圧縮機
| 空気圧縮機 (CP) | 搭載車両 | 備考 |
| AC-1000 (1110 l/min 別名 A-3-KA ) |
3291・3294 | ・更新前は、C-1000 を搭載。 ・3291については更新時に C-1000 の電動機を交流化することにより AC-1000 に変更。 ・3294は、更新後も C-1000 を使用してきたが、1996年12月、3050形の廃車発生品を再用することにより、AC-1000に変更 |
| C-1000 ( 1180 l/min 別名 A-3-KA ) |
3295・3298 |
補助電源装置
| 補助電源装置 | 搭載車両 | 備考 |
| CLG-355-B1 (75kVA MG) |
3294・3295・3298 | 更新前は CLG-319(5.5kVA/MG) を搭載。 3294は、更新後も CLG-319 を使用してきたが、1996年12月、3050形の廃車発生品を再用することにより、CLG-355-B1に変更。 |
| INV022-A0 (140kVA SIV) |
3291 | 更新前は CLG-319(5.5kVA/MG) を搭載。 |
※ 更新前は CLG-319(5.5kVA/MG) を搭載。
※ 3294は、更新後も CLG-319 を使用してきたが、1996年12月、3050形の廃車発生品を再用することにより、CLG-355-B1に変更。
| 車両アルバム |

更新・冷房化時にVVVF試作編成となり約2年が経過した頃の3294
八千代台 1990年8月3日

塗装変更から日が浅かった頃の3295
鬼越 1995年2月16日
3295〜3298編成は、1994年12月に写真の現行標準色に変更。それから12年後の2007年1月にデビュー時のリバイバルカラーとしてツートンカラーに戻し、同年3月に廃車となった。
尚、3295〜3298編成が塗装変更した頃は、3050形3059〜3062編成が、2007年晩期の3295〜3298同色リバイバルカラーで4両普通運用に使用していた。
1992年4月1日の千葉急行線新規開業以来使用してきた‘大森台‘の行先幕も、ちはら台延伸開業に伴い1995年3月31日をもって見納めとなった。

ファイアーオレンジ塗装時代のVVVF試作編成、3294
幕張本郷 1993年3月

更新前の3294
千住大橋 1994年9月30日
撮影時、258両在籍した赤電形式の冷房車は、3150形30両と3300形2次車12両の計42両のみだった。

ファイアーオレンジ塗装時代、更新後初の重要部検査直直後の3291
船橋競馬場 1991年8月26日
3291〜3294は、1988年3月更新後、1991年4月に重要部検査出場し、化粧直しをした。

ファイアーオレンジ塗装時代、更新後初の重要部検査直前の3291
船橋競馬場 1991年3月1日

千葉急行1000形と並んだファイアーオレンジ色時代の3298
みどり台 1992年4月26日

塗装変更から間もない頃のの3294
京成小岩 1994年6月4日

現行標準色に変更後の抵抗制御車3298(左)とVVVFインバータ制御車3294(右)
京成津田沼留置線 1995年3月26日
撮影時、京成赤電形式の現行標準色への塗装変更は、完了間近だった。
塗装変更後も3291〜3294と3295〜3298はライトが異なり、3200形側客用片扉の旧開運号であることから、各々特異な編成だった。
偶然ながら、京成津田沼留置線にて4両編成2本が並んだ。

3600形3661(左)と並ぶ、更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3291
千葉中央 1992年4月1日
撮影時は千葉急行線千葉中央〜大森台間開業初日。
3291〜3294編成はVVVFインバータ制御化を伴う更新・冷房化から約4年の年月が経った。
写真隣の3661は撮影時には側面窓上のみブルー帯の暫定帯色編成で、こちらも1999年にVVVFインバータ制御化改造を施行。

更新直後、ファイアーオレンジ塗装時代のの3295
京成津田沼 1989年7月12日
最後の片扉車として活躍した、晩期の3295〜3298編成
市川真間 2006年10月9日

広い窓を持った3295の片開客用扉
京成上野 2006年5月23日
京成の片扉も3295〜3298の廃車をもって消滅し、関東大手私鉄通勤形車両で片扉をもつ車両は京急のみとなった。

リバイバルカラーの3295〜3298編成
京成上野 2007年2月25日

リバイバルカラーの3295〜3298編成のサイドビュー
京成上野 2007年2月25日

リバイバルカラー時に撮影した3295車内
2007年1月18日

北総7300形とすれ違う リバイバルカラーの3295〜3298編成
京成高砂 2007年1月18日

初代3000形3008と並ぶ3298
千葉中央 1990年3月23日
更新・冷房化後の3298が初代3000形と共に過ごしたのは僅か2年だった。

リバイバルカラーの3295〜3298編成は‘開運‘復活イベント時から廃車時までの間、室内に同編成を中心とした写真が掲げられた。
3298車内 2007年2月25日
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